イエスがエリコの町を出て、弟子たちや多くの群衆と共に旅を続けていた時のことです。その道中、イエスは人々に神の国の教えを説き、癒しの業を行っていました。その日も、陽が高く昇り、砂漠の熱気が人々の額に汗を浮かべていました。その中で、一人の男が急ぎ足でイエスのもとに近づいてきました。彼は裕福な若者で、立派な衣を身にまとい、目には真剣な輝きがありました。
彼はイエスの前にひざまずき、こう尋ねました。「善き先生、永遠の命を受け継ぐためには、何をすればよいでしょうか?」
イエスはその男の目をじっと見つめ、優しくも厳しい声で答えられました。「なぜわたしを『善き』と呼ぶのか。神以外に善い者はひとりもいない。あなたは戒めを知っているだろう。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、欺くな、父と母を敬え』と。」
男は真剣な面持ちで答えました。「先生、それらのことはみな、子どもの時から守ってきました。」
イエスはその男を見つめ、心から愛する思いを抱かれました。そして、深い慈愛に満ちた声で言われました。「あなたに欠けているものが一つある。行って、持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
男はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去りました。彼は多くの財産を持っていたからです。彼の心は富に縛られ、神の国への道を選ぶことができなかったのです。
イエスはその様子を見て、周りの弟子たちに言われました。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」弟子たちはこの言葉に驚きました。当時、富は神の祝福のしるしと見なされていたからです。しかし、イエスはさらに言葉を続けられました。「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
弟子たちはますます驚き、互いに顔を見合わせました。「それでは、だれが救われることができるのでしょうか?」と彼らは尋ねました。
イエスは彼らを見つめ、深い確信を持って答えられました。「人にはできないことでも、神にはできる。神にとっては、すべてが可能なのだ。」
すると、ペテロがイエスに言いました。「ご覧ください。わたしたちはすべてを捨てて、あなたに従ってきました。」
イエスは彼らの忠実な心に応え、温かい声で言われました。「まことに、あなたがたに告げる。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者はだれでも、必ずその百倍を受け、また、迫害をも受ける。しかし、来るべき世では、永遠の命を受ける。しかし、多くの先の者は後になり、後の者は先になる。」
彼らはこの言葉を胸に刻み、イエスと共にエルサレムへと向かう道を進みました。その道中、イエスは再び弟子たちに、ご自身がエルサレムで待ち受ける運命について語られました。「見よ、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは彼を死刑に定め、異邦人に引き渡す。彼らは彼をあざけり、唾をかけ、むち打ち、殺す。そして、三日の後によみがえる。」
弟子たちはこの言葉を聞いても、その意味を十分に理解することができませんでした。彼らの心にはまだ、イエスが地上の王として栄光を受けるという期待が強く残っていたからです。
その頃、ゼベダイの子ヤコブとヨハネがイエスのもとに近づき、こう言いました。「先生、お願いがあります。わたしたちがあなたの栄光の中で、一人はあなたの右に、一人は左に座ることができるようにしてください。」
イエスは彼らを見つめ、深いため息をつかれました。「あなたがたは、自分が何を求めているのかわかっていない。わたしが飲もうとしている杯を飲むことができるか。わたしが受けようとしているバプテスマを受けることができるか。」
彼らは自信を持って答えました。「できます。」
イエスは彼らに言われました。「確かに、あなたがたはわたしの杯を飲み、わたしの受けるバプテスマを受けるだろう。しかし、わたしの右と左に座ることは、わたしの与えることではなく、父が備えておられる者たちに与えられるのだ。」
他の十人の弟子たちはこのことを聞いて、ヤコブとヨハネに対して腹を立てました。しかし、イエスは彼らを呼び寄せ、こう言われました。「あなたがたも知っているように、異邦人の支配者たちは人々の上に君臨し、偉い人たちは人々の上に権力を振る。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。かえって、あなたがたの中で偉くなりたいと思う者は、すべての人に仕える者となりなさい。また、あなたがたの中で第一になりたいと思う者は、すべての人の僕となりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また、多くの人のための贖いの代価として、自分の命を与えるためなのだ。」
イエスの言葉は、弟子たちの心に深く刻まれました。彼らは、真の偉さとは仕えることにあるということを学び始めたのです。
こうして、イエスと弟子たちはエルサレムへと向かう道を進み続けました。その道中、イエスは人々に神の国の福音を説き、癒しの業を行い、弟子たちに仕えることの大切さを教えられました。彼らの心には、イエスの言葉が次第に深く根を下ろし、彼らはやがて、真の弟子としての道を歩み始めるのでした。