フィリピの町は、ローマ帝国の支配下にあるマケドニア地方の重要な都市でした。その町に、パウロという使徒が訪れ、キリストの福音を伝えていました。パウロはかつて、ユダヤ教の熱心な信者であり、キリスト教徒を迫害する者でした。しかし、ダマスコへの道でイエス・キリストに出会い、その人生は一変しました。彼は今、キリストの恵みと復活の力を伝えるために、各地を旅していました。
フィリピの教会は、パウロが最初にヨーロッパで設立した教会の一つでした。この教会の人々は、信仰に熱心で、パウロにとって特別な存在でした。しかし、時が経つにつれ、教会の中にも異なる教えが入り込むようになりました。特に、ユダヤ教の律法を守ることを強調する者たちが現れ、キリストの恵みだけでは救われないと主張し始めました。
パウロはこのことを深く憂い、フィリピの信徒たちに手紙を書くことにしました。彼は羊皮紙を広げ、インクをつけた羽ペンを手に取り、心を込めて筆を進めました。
「兄弟たち、私にとって、これまで積み上げてきたすべてのことは、キリスト・イエスを知る知識の前では、むしろ損失です。私はそれらをすべて失ったとしても、キリストを得ることの方がはるかに価値があると考えています。」
パウロはここで、自分がかつて誇りとしていたことを思い出しました。彼はユダヤ人の中でも最も熱心なパリサイ派の一員であり、律法を完璧に守ることに誇りを持っていました。しかし、キリストに出会った後、彼はそのすべてが無意味であることを悟りました。彼は続けました。
「私は、律法による義ではなく、キリストを信じる信仰による義を得るために、すべてを失いました。私はキリストとともにあり、キリストの苦しみにあずかり、キリストの死と同じ形に与りたいと願っています。そうして、何とかして死者の中からの復活に与ることができるのです。」
パウロの言葉は、フィリピの信徒たちの心に深く響きました。彼らは、パウロがどれほどキリストに全てを捧げているかを感じ取ることができました。パウロはさらに、自分がまだ完全ではないことを認めました。
「私は、すでにそれを得たとか、すでに完全であるとか言っているのではありません。ただ、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったそのことを忘れず、それに向かって走っているのです。兄弟たち、私は自分がすでに捕らえたとは思っていません。ただ、この一つのことを行っています。すなわち、後ろのものを忘れ、前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して走っているのです。」
パウロは、自分が目指すべき目標を明確に示しました。それは、キリストとの完全な一致であり、神の国での栄光でした。彼は、この目標に向かって走り続けることを誓い、フィリピの信徒たちにも同じように励むように勧めました。
「ですから、私たちのうちに成熟した者がいるならば、そのように考えるべきです。もし、あなたがたが何か違った考えを持っているなら、神はそのことも明らかにしてくださいます。ただ、私たちは、すでに到達したところに従って進むべきです。」
パウロは、信徒たちが互いに励まし合い、信仰の道を歩み続けることを願っていました。彼は、自分が彼らにとって模範となることを望み、彼らが同じようにキリストに従うことを期待していました。
「兄弟たち、私を見習ってください。また、あなたがたと同じように歩んでいる人々を見て、彼らを模範としなさい。なぜなら、多くの人々が、キリストの十字架の敵として歩んでいるからです。彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの腹であり、彼らの栄光は彼らの恥の中にあります。彼らは地上のことを考えているのです。」
パウロは、この世の快楽や富に目を向ける者たちを厳しく戒めました。彼は、信徒たちが天に宝を積むことを勧め、キリストの再臨を待ち望むように教えました。
「しかし、私たちの国籍は天にあります。そこから、救い主、主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しい体を、ご自身の栄光の体と同じ形に変えてくださるのです。」
パウロの言葉は、フィリピの信徒たちに希望と励ましを与えました。彼らは、この世の苦しみや試練の中にあっても、天にある永遠の栄光を目指して歩み続けることを決意しました。
パウロは手紙を締めくくるにあたり、最後にこう記しました。
「ですから、私の愛する兄弟たち、このように主にあって堅く立ち、揺るぐことなく、主のわざに常に励みなさい。あなたがたの労苦が主にあって無駄にならないことを知っているからです。」
パウロの手紙は、フィリピの教会に届けられ、信徒たちの心に深く刻まれました。彼らは、パウロの教えに従い、キリストの恵みに感謝し、信仰の道を歩み続けました。そして、彼らはやがて来るべきキリストの再臨を待ち望みながら、天にある栄光の希望を胸に、日々を過ごしていったのでした。