**サムエル記上 第28章**
**エンドルの霊媒とサウル王**
イスラエルの地は暗い影に覆われていた。ペリシテ人の大軍がギルボア山のふもとに陣を敷き、イスラエルの民は恐怖に震えていた。サウル王は心の奥底で激しい不安に駆られていた。主はもはや彼に答えず、夢も預言者も、何の示現も与えられなかった。かつて主の霊が彼と共にあった日々は、今や遠い記憶となっていた。
サウルは深い絶望の中、家臣たちに向かって言った。「主の御心を知る者がいないのか。誰かが私に答えを告げてくれぬか。」しかし、誰も答えることができなかった。その時、一人の家臣が進み出て言った。「エンドルに一人の霊媒がおります。彼女は亡き者の霊を呼び起こす力を持つと聞いております。」
サウルはかつて、国中から霊媒や口寄せを追い出していた。主の律法に背く者たちを容赦なく断ったのだ。しかし今、彼は恐怖に押し潰され、自らの戒めを破る決意をした。「変装してエンドルへ行こう。誰にも気づかれてはならぬ。」
夜の闇に紛れ、サウルは二人の家臣を伴い、霊媒の家を訪れた。彼は粗末な衣をまとい、王としての威厳を隠していた。霊媒は警戒し、戸を開けるのを躊躇った。「なぜ私を陥れようとするのか。サウル王が霊媒を滅ぼすと命じたことを知っているでしょう?」
サウルは誓って言った。「主にかけて誓う。あなたがこのことで罰せられることは決してない。」霊媒はようやく安心し、尋ねた。「では、誰の霊を呼び起こしましょうか。」サウルは深く息を吸い、震える声で答えた。「サムエルを呼び出してくれ。」
霊媒が呪文を唱えると、突然、冷たい風が部屋を吹き抜けた。ろうそくの炎が揺らめき、影が壁に蠢いた。そして、白い衣をまとった老人の姿が現れた。霊媒は恐怖のあまり叫んだ。「あなたはサウル王です! なぜ私を欺いたのですか!」
サウルは震えながら言った。「恐れるな。彼はどんな姿をしているか。」霊媒は答えた。「老人が上から現れ、白い衣をまとっています。」サウルはそれがサムエルであることを悟り、地にひれ伏して礼をした。
すると、サムエルの霊はサウルに厳しい声で告げた。「なぜ私を呼び起こしたのか。主は既にあなたから離れ、敵となられた。主は私を通して語られたことをすべて成就される。主は王国をあなたの手から奪い、ダビデに与える。あなたとイスラエルの民は明日、ペリシテ人の手に渡される。そして、あなたとあなたの息子たちは私の元に来るのだ。」
サウルはこの言葉を聞くと、その場に倒れ、全く力が抜けてしまった。一日中、何も口にせず、恐怖で体が震えていた。霊媒は彼を見て哀れに思い、家に残っていた子牛を屠り、パンを焼いてサウルと家臣たちに勧めた。「食べてください。さもなければ、道中の力が尽きてしまいます。」
サウルはしぶしぶ食事をし、その夜のうちに暗闇に紛れて帰って行った。彼の心には深い絶望と、避けられない運命の重さがのしかかっていた。
こうして、サウルは主の御心から遠ざかり、自らの罪の報いを受ける時が近づいた。彼の王国は崩れ、イスラエルの歴史は新たな局面を迎えようとしていた。