**ヨハネによる福音書 第3章**
夜の闇がエルサレムの街を包み込んでいた。空には無数の星が輝き、冷たい風がそよぎ、オリーブの木々がかすかに揺れていた。その静寂の中、一人の男がひそかにイエスのもとを訪れた。彼の名はニコデモ、パリサイ人であり、ユダヤ人の指導者であった。
ニコデモは身分を隠すため、深い外套をまとい、人目を避けて細い路地を通り、イエスが滞在していた家へと向かった。彼の心は複雑だった。イエスの行う数々の奇跡や、その教えは彼の魂を揺さぶっていたが、同時に、仲間のパリサイ人たちの目を気にして、公然とイエスに近づくことができなかった。
家の扉を静かに叩くと、中から温かな灯りが漏れた。イエスは既に彼の来訪を待ち受けているかのように、穏やかな笑みを浮かべて迎えた。
「ラビ(先生)、私たちはあなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。あなたがなさるこのようなしるしは、神が共におられるのでなければ、誰にも行えませんから」と、ニコデモは慎重に言葉を選びながら語った。
イエスは深い慈愛に満ちた眼差しで彼を見つめ、こう答えられた。
「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
ニコデモはこの言葉に驚き、困惑した。
「どうして、老人が生まれ直すことができましょうか。もう一度母の胎内に入って生まれることなど、できるはずがありません。」
イエスはゆっくりとうなずき、さらに深い真理を語り始められた。
「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。肉によって生まれたものは肉です。御霊によって生まれたものは霊です。あなたがたは新たに生まれなければならない、とわたしが言ったことに驚いてはなりません。風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者も、みなそのとおりです。」
ニコデモの心はさらに混乱した。彼は律法に精通し、神の義について教えてきたが、このような教えは初めてだった。
「どうして、そのようなことがあり得るのでしょうか?」
イエスは彼の困惑を優しく受け止め、さらに深遠な真理を語り続けられた。
「あなたはイスラエルの教師でありながら、これらのことがわからないのですか? まことに、まことに、あなたに告げます。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れません。わたしが地上のことを語って信じないなら、天上のことを語ったとき、どうして信じるでしょうか。天から下った者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はありません。」
そして、イエスは神の愛の核心を告げられた。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」
ニコデモの心に、静かな光が差し込んだ。彼は今まで、律法の細則や外面的な義に囚われていたが、イエスの言葉は彼の魂の奥深くに触れ、新しい命の可能性を示していた。
イエスはさらに続けられた。
「御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じなかったからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いために、光よりも闇を愛した。悪を行う者は光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光のほうに来ないのである。しかし、真理を行う者は光のほうに来る。その行いが神によってなされたことが明らかになるために。」
ニコデモは黙ってこれらの言葉をかみしめた。彼の心には、今まで抱いていた疑念や恐れが次第に溶けていき、代わりに静かな確信が生まれつつあった。
夜は更け、ニコデモはイエスのもとを去った。彼の足取りは来た時よりも軽く、心には新しい希望が灯されていた。この夜の対話は、彼の人生を永遠に変える出来事となった。
そして、エルサレムの街は再び静寂に包まれたが、この夜、神の国の奥義が語られ、永遠の命への道が示されたのである。