**サムエル記上29章に基づく物語**

ダビデとその六百人の勇士たちは、ペリシテ人の地で長い月日を過ごしていた。彼らはガテの王アキシュに身を寄せ、ペリシテの軍勢と共に行動していたが、その心は常にイスラエルの神、主に向けられていた。アキシュはダビデを信頼し、彼を自分の親衛隊の長として重用していた。しかし、ペリシテ人の領主たちは、ダビデがかつてイスラエルの英雄として歌われた「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」という言葉を覚えており、彼を疑いの目で見ていた。

やがて、ペリシテ人はイスラエルとの大規模な戦いを計画し、軍勢を集結させた。アキシュはダビデに命じた。「お前とその部下たちは、必ず私と共に戦いに臨むのだ。」ダビデは深くうなずき、「王が私に命じるなら、私は何でもいたします」と答えた。しかし、彼の心には葛藤があった。自分が同胞であるイスラエルと戦うことなど、決して望んでいなかった。それでも、今はペリシテ人の地に身を置く以上、表向きは従うしかなかった。

ペリシテの大軍は、イズレエルの地に向かって進軍した。彼らは陣を敷き、戦いの準備を整えていた。しかし、ペリシテ人の領主たちがアキシュの元に集まり、不満をぶつけた。「このヘブライ人たちは、いったい何をするつもりだ？ ダビデとその部下たちは、我々の敵ではないのか？ 彼らが戦いのさなかに裏切って、我々を打つかもしれない。彼らはかつての主君サウルの歓心を得るために、我々の首を取るのではないか！」

アキシュはダビデを信頼していたため、領主たちの言葉に驚いた。「ダビデは長い間、私の元で忠実に仕えてきた。私は彼に何の不満も見いだせない。」しかし、領主たちは激しく反対した。「いや、彼はイスラエルの民の中で『ダビデは王となった』と歌われた男だ。彼を連れて行けば、我々にとって災いとなる！」

ついにアキシュは、ダビデを呼び出して言った。「主は生きておられる。お前は誠実な男だ。私としては、お前を戦いに連れて行きたいが、他の領主たちがそれを許さない。だから、お前たちは帰って、平和に行きなさい。彼らがお前を喜ばないからだ。」

ダビデは驚き、抗議した。「王よ、私は何か悪いことをしたのでしょうか？ なぜ私を戦いから退けられるのですか？ 私はいつも王に忠実に仕えてきたではありませんか！」しかし、アキシュの決心は固かった。「私はお前が神の使いのように正しいことを知っている。だが、ペリシテの領主たちは、お前が戦場で彼らに敵対することを恐れているのだ。」

こうして、ダビデとその部下たちは、戦いの前日にペリシテの陣営から退くことになった。彼らはアキシュに別れを告げ、南に向かって進んだ。心の中には安堵と共に、神の御手による導きを感じていた。主は、ダビデがイスラエルと戦うという罪を犯さないように、彼をこの戦いから遠ざけたのである。

一方、ペリシテ人はイズレエルへと進軍し、イスラエルの軍勢と対峙した。しかし、ダビデはその戦いに関わることなく、主の守りの中を歩み続けた。彼はこの後、ツィクラグの町に戻り、そこで新たな試練に直面することになるが、それもまた神の深い計画のうちにあった。

神は、ご自身に従う者を決して見捨てず、時には敵の口を通しても、その民を守り導かれる。ダビデの物語は、神の摂理が常に働いていることを、力強く証ししているのである。