聖書

「牢獄の最後の光:パウロのテモテへの手紙」

**第二テモテへの手紙 第4章に基づく物語**

冬の寒さがローマの街を包み込んでいた。パウロは、冷たい石壁に囲まれた牢獄の中にいた。ろうそくの炎がゆらめき、わずかな明かりを投げかけている。彼の手には、羊皮紙と筆があった。最後の言葉を記すため、テモテへの手紙を書き続けていた。

「わたしは、神の御前で、そして、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思って、おごそかに命じる。」

パウロの声は静かだが、その言葉には重みがあった。彼は、自分がもう長くはこの世にいられないことを悟っていた。ネロ皇帝の迫害は激しさを増し、キリスト者たちは次々と捕らえられ、殉教の時を迎えていた。

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容を尽くして、教え、戒め、勧めなさい。」

彼の心には、テモテのことが浮かんだ。あの若き弟子は、今エペソの教会を導いている。パウロは、彼が信仰に堅く立ち、人々を正しく導いてくれることを願った。しかし、世の終わりが近づくにつれ、人々の心は変わりつつあった。

「というのは、人々が健全な教えに耳を貸さず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次から次へと教師たちを自分たちのために寄せ集め、真理から耳をそむけて、空想話にそれていくような時代になるからである。」

パウロは深くため息をついた。彼は、自分がこれまで戦ってきた偽教師たちのことを思い出した。彼らは人々を惑わし、福音を曲げて伝えていた。だが、彼自身は最後まで真実を貫く決意だった。

「しかし、あなたは、すべての事について慎み、困難に耐え、伝道者の働きをなし、自分の務めを果たしなさい。」

ろうそくの炎がまた揺れ、彼の影が壁に大きく映った。外からは、兵士たちの足音が聞こえる。パウロは、自分が間もなく処刑されることを知っていた。しかし、彼の心には平安があった。

「わたしは、今や注ぎの供え物となっている。わたしが世を去るべき時はきた。わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。」

彼は、天から与えられる義の冠を思い浮かべた。主が再臨されるその日、彼は栄光のうちに迎えられるだろう。その確信が、彼の心を満たしていた。

「これらのことは、わたしだけではなく、主の出現を慕い求めているすべての人に、そうなるのである。」

パウロは筆を置き、静かに目を閉じた。彼の祈りは、遠くエペソにいるテモテへと届くようにと願われた。

「テモテよ、急いでわたしのところにきてほしい…」

彼の声はかすれた。冬の風が牢獄の窓を叩き、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。パウロは微笑んだ。彼の戦いは終わろうとしていたが、福音の戦いは続く。そして、主は必ず勝利を与えてくださる。

「主はわたしをすべての悪いわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださるであろう。栄光が永遠に主にあるように。アーメン。」

ろうそくの炎が最後に大きく揺れ、そして静かに消えた。パウロの祈りは、神の御座に届けられていた。

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