**「知恵の礎」**
エーゲ海の風がそよぐコリントの町は、商業と文化の交差点として栄えていた。人々の活気に満ちたこの地に、パウロはかつて福音の種を蒔き、アポロが水を注いだ。しかし時が経つにつれ、教会の中に分裂の影が忍び寄っていた。
ある夕暮れ、教会の信徒たちが集まっていた広場では、激しい議論が交わされていた。「私はパウロに従う!」「いや、アポロこそ優れた教師だ!」「ペテロこそが使徒の頭ではないか!」と、それぞれが主張し合う。その声は次第に高まり、愛よりも優越を求めるような空気が広がっていった。
その夜、パウロは祈りの中で深い憂いを覚えた。彼は羊皮紙を広げ、インクを硯に溶かしながら、神からの言葉を記し始めた。
**「兄弟たちよ。私はあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、むしろ肉の人、キリストにある幼子に対するように語りました。……」**
パウロの筆は力強く走った。彼は、コリントの信徒たちが未だに世俗的な価値観に縛られていることを嘆いた。彼らは教師たちを比較し、派閥を作っていたが、それは信仰の成長を妨げるものだった。
**「アポロとは何者か。パウロとは何者か。あなたがたを通して信じさせたにすぎない。わたしたちは神の協力者であって、あなたがたは神の畑、神の建物なのだ。」**
パウロは、教会が神の神殿であり、一人一人がその礎の上に建てられていることを思い出させた。彼自身もアポロも、単なる「働き手」にすぎない。真の成長をもたらすのは神だけだった。
**「だれも、すでに据えられている礎のほかに、ほかのものを据えることはできません。その礎とはイエス・キリストです。」**
パウロはさらに、各自の働きがやがて火によって試される日が来ることを記した。金、銀、宝石で建てる者もいれば、木、草、わらで建てる者もいる。だが、最後の日には、それぞれの働きの真価が明らかになる。
**「もしその建物が焼ければ、その人は報いを失います。しかし、彼自身は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。」**
この手紙がコリントの教会に届けられた日、信徒たちは静かにその言葉を噛みしめた。派閥争いの熱は次第に冷め、彼らは再び、ただキリストだけを仰ぐ者たちへと立ち返っていった。
そして、パウロの最後の警告が心に刻まれた。
**「だれも自分を欺いてはなりません。この世の知者と思われる人がいるなら、その人は愚か者となって、真の知者になりなさい。」**
こうして、コリントの教会は再び、キリストという堅固な礎の上に立ち、愛と一致へと歩み始めたのである。