聖書

詩篇1章の物語 祝福された人生の道

**詩篇第1章に基づく物語**

**「祝福された道」**

昔々、ある静かな村に、エリアムという名の敬虔な老人が住んでいた。彼は毎朝、夜明け前に起きると、近くを流れる小川のほとりに座り、神の言葉を深く思い巡らすことを日課としていた。その川の水は透き通り、岸辺には緑豊かな木々が茂り、季節ごとに実を結んでいた。エリアムは、その木のように、神の教えに根を下ろし、揺るがない人生を歩んでいた。

村には、エリアムとは対照的に、神を忘れ、自分の欲望のままに生きる者たちもいた。彼らは高慢な心で他人を裁き、悪事にふけることを楽しみとしていた。ある日、そのような者たちがエリアムの前に立ち、「なぜお前はいつも古い律法に縛られて生きるのか? もっと自由に、この世の楽しみを味わうべきだ」と誘った。しかし、エリアムは静かに首を振り、こう答えた。

「わたしの喜びは、主の教えを味わい、その戒めに従うことにある。あなたがたの道は、風に吹き飛ばされるもみ殻のように、やがて消え去るだろう。しかし、主に信頼する者は、流れのほとりに植えられた木のように、常に緑を保ち、実を結ぶのだ。」

彼らの笑い声は虚しく響いたが、エリアムの心は平安に満ちていた。

時が過ぎ、その村に激しい嵐が訪れた。大雨と強風が村を襲い、高慢な者たちの家は次々と倒れ、彼らは必死に逃げ惑った。しかし、エリアムの家は、岩のようにしっかりと建てられた基礎の上に立っていたため、微動だにしなかった。嵐の後、人々はエリアムの元に集まり、彼の信仰の強さに驚いた。

エリアムは彼らに語った。
「主の教えに従う者は、いかなる嵐にも揺るがされない。悪しき者の道は滅びに至るが、主を知る者の道は、永遠の命へと続くのだ。」

それからというもの、村の多くの者がエリアムに倣い、神の言葉を求めるようになった。川のほとりには、朝早くから人々が集まり、共に聖書を読み、祈る光景が見られるようになった。そして、彼らの人生は、緑の木のように豊かに実を結び、周囲に祝福をもたらした。

**こうして、詩篇の言葉は現実のものとなった。**
**「幸いなことよ。神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪人の道にとどまらず、傲慢な者どもと共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。」(詩篇1:1-3)**

しかし、神を拒む者たちの道は、風に散るもみ殻のように、やがて消えていった。主の道を歩む者と、そうでない者との間には、はっきりとした境があった。

エリアムは最期の日まで、主の言葉に従い、多くの人々に祝福をもたらした。彼の人生は、詩篇の教えそのものだった。そして、彼が植えた信仰の種は、後の世代へと受け継がれ、川のほとりの木々のように、永遠に実を結び続けたのである。

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