**ルカによる福音書19章**
**エリコの町のザアカイ**
その日、イエスはエリコの町に入られた。エリコは棕櫚の木が茂り、豊かな緑に囲まれた美しい町であった。人々の笑い声や商人たちの賑やかな呼び声が通りに溢れ、太陽の光が石畳を照らしていた。しかし、この町には一人、人々から軽蔑され、孤独な男がいた。その名はザアカイ。彼は取税人としてローマ帝国のために働き、同胞であるユダヤ人からも「罪人」と呼ばれていた。
ザアカイは背が低く、群衆の中ではいつも見えなかった。しかし、彼はイエスの噂を聞き、この日を待ち望んでいた。「あの方は、取税人や罪人にも優しく語りかけると聞いた。ぜひ、そのお姿を見たい!」そう思い、彼は町のメインストリートに駆け出した。しかし、人々は彼を避け、誰も道を譲ろうとしない。
「どうすれば…?」ザアカイはふと、道端に立ついちじく桑の木を見つけた。その木は枝が広がり、ちょうど道を見下ろすのにふさわしい高さだった。彼は躊躇せず、ローブをたくし上げ、素早く木に登った。葉の陰から、彼はイエスが来られるのを待った。
やがて、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。群衆が近づき、その中心には穏やかな顔をした男が歩んでおられた。それがイエスだった。ザアカイの心は高鳴った。しかし、その時、驚くべきことが起こった。
イエスは木の下に立ち止まり、上を見上げて言われた。
**「ザアカイ、急いで降りてきなさい。今日は、あなたの家に泊まることにしている。」**
一瞬、周囲が静まり返った。人々は驚き、ざわめいた。「なぜ、あの罪人の家になど?」しかし、ザアカイは急いで木から降り、喜びにあふれてイエスを迎えた。
家に入ると、ザアカイは深く悔い改め、イエスの前にひざまずいて言った。
**「主よ、私の財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれからでも不当に取ったものは、四倍にして返します。」**
イエスはその心を見抜かれ、微笑んで言われた。
**「今日、救いがこの家に来た。この人もアブラハムの子なのだから。人の子が来たのは、失われた者を捜して救うためである。」**
こうして、ザアカイの人生は変わった。彼はもはや貪欲な取税人ではなく、神の恵みに生かされる者となったのである。
**10ミナのたとえ**
その後、イエスはエルサレムに向かう途中、人々に一つのたとえを語られた。
「ある高貴な人が、遠い国へ行って王位を受けて帰るために出かけることになった。彼は十人の僕を呼び、一人に一ミナずつ与えて言った。『私が帰るまで、これで商売をしなさい。』
しかし、国民は彼を憎んでおり、『この人が私たちの王になるのを拒もう』と使者を送った。
やがて、彼は王位を受けて帰り、僕たちを呼んで、どのように商売をしたかを尋ねた。最初の僕は、『主よ、一ミナで十ミナをもうけました』と言った。王は喜び、『良い僕だ。あなたは小さなことに忠実だったから、十の町を治めさせよう』と言った。
次の僕は、五ミナを稼いでいた。王は彼にも五つの町を与えた。
しかし、もう一人の僕は、『主よ、あなたは厳しい方で、お預けにならなかったものも取り立て、お蒔きにならなかったものも刈り取る方です。私は怖くなり、ミナを布に包んでしまっておきました』と言い、一ミナをそのまま返した。
王は怒り、『悪い僕だ! あなたの言葉で裁こう。私が預けたものを利子で返すべきだったではないか!』そして、そのミナを十ミナ持っている者に与え、『持っている者はさらに与えられ、持たない者からは取り上げられる』と言った。
そして、『私が王になるのを拒んだ敵たちを、ここに引き出して、私の前で打ち殺せ』と命じた。」
イエスはこのたとえを通して、神の国が近づいていること、そして与えられた使命に忠実であるべきことを教えられた。
**エルサレム入城**
いよいよイエスはエルサレムに近づかれた。オリーブ山のふもとにあるベテパゲとベタニヤに着くと、イエスは二人の弟子を遣わして言われた。
「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばがつないであるのを見つけるだろう。それを解いて、連れて来なさい。もし、『なぜ解くのか』と問われたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」
弟子たちが行ってみると、確かにその通りだった。子ろばの持ち主が「なぜ解くのか」と尋ねたので、弟子たちがイエスの言葉を伝えると、彼らはそれを許した。
弟子たちは子ろばをイエスのもとに連れて来、その上に自分たちの上着をかけた。イエスがそれに乗られると、群衆は衣服を道に敷き、またオリーブの枝を切ってその道に敷き始めた。
**「ホサナ、主の名によって来られる方に祝福あれ! 天に平和、いと高きところに栄光あれ!」**
人々は喜びの声を上げて賛美した。しかし、ファリサイ派の中には、イエスに向かって「先生、弟子たちを叱ってください」と言う者もいた。
すると、イエスは答えられた。
**「もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶだろう。」**
こうして、イエスはエルサレムに入城され、神殿の丘へと向かわれた。しかし、その栄光の裏側には、やがて訪れる十字架の影が静かに忍び寄っていたのである。