**五つのパンと二匹の魚**
その日、ガリラヤ湖の畔は春の暖かな日差しに包まれていた。湖面はきらめき、遠くには緑の丘が連なり、人々の笑い声が風に乗って広がっていた。イエスは弟子たちとともに少し高い丘に登り、群衆を見下ろした。彼らはイエスの教えを聞くため、また病人を癒してもらうために、遠くからも集まってきていた。
「先生、もう夕方です。人々は空腹でしょう。解散させて、近くの村で食べ物を買うように言いませんか?」とフィリポが尋ねた。
イエスは優しく微笑み、フィリポを試すように言われた。「彼らに食べ物を与えるには、どうすればよいと思うか?」
フィリポは戸惑いながら答えた。「二百デナリのパンでも、一人一切れずつにしかならないでしょう。」
その時、アンデレが少年を連れてきた。「ここに大麦のパン五つと小さい魚二匹を持っている子がいます。しかし、こんなに大勢の人々にとって、何の役に立つでしょう?」
イエスはその少年の手にある貧しい捧げものを見つめ、深く頷かれた。「人々を座らせなさい。」
群衆は緑の草の上に整然と座り、五千人を超える人々が静かに待った。イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで感謝をささげ、それを裂き始められた。すると、驚くべきことが起こった——弟子たちがパンと魚を配っても、それらは尽きることがなかった。人々は満腹し、余ったパン屑を集めると、十二のかごがいっぱいになった。
群衆は驚き、叫んだ。「まことに、この方は世に来られる預言者だ!」
しかし、イエスは彼らが自分を王にしようとしているのを知り、ひとりで山に退かれた。その夜、弟子たちは船で湖を渡っていたが、強い風が吹き、波に翻弄されていた。すると、湖の上を歩く人影が見えた。
「幽霊だ!」と弟子たちは恐れ叫んだ。
しかし、その声は聞き覚えのある優しいものだった。「わたしだ。恐れることはない。」
ペテロは勇気を出して言った。「主よ、もし本当にあなたなら、私に水の上を歩くようにお命じください。」
イエスは「来なさい」と言われた。ペテロは船から降り、波の上を歩き始めた。しかし、風を見て恐れ、沈みかけた。「主よ、助けてください!」
イエスはすぐに手を伸ばし、彼を捉えられた。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」
二人が船に乗り込むと、風は静まった。弟子たちはひれ伏し、「あなたはまことに神の子です」と告白した。
翌日、群衆はイエスを探して湖の対岸に渡った。イエスは彼らに言われた。「あなたがたがわたしを探しているのは、パンを食べて満腹したからではないか。朽ちる食べ物のためではなく、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。」
人々は尋ねた。「では、私たちは何をすればよいのですか?」
イエスは答えられた。「神が遣わされた者を信じること、それが神の働きです。」
しかし、彼らはなおもしつこく問うた。「私たちの先祖は荒野でマナを食べました。あなたはどんなしるしを見せてくださるのですか?」
イエスは深く息をつかれ、言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言う。モーセが天からのパンを与えたのではなく、わたしの父があなたがたに真の天からのパンを与えてくださる。神のパンは、天から下って来て、世に命を与えるものだ。」
「主よ、そのパンをいつも私たちに与えてください。」
イエスは静かに、しかし力強く宣言された。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」
この言葉を聞いて、多くの者がつぶやいた。「これは難しい言葉だ。だれが聞いて受け入れられようか。」
イエスは彼らの心を見抜き、言われた。「わたしの言葉が分からないのか。わたしが天から下った生けるパンである。このパンを食べる者は永遠に生きる。」
その日、多くの弟子たちが去っていった。イエスは十二人に向かって言われた。「あなたがたも去ろうとするか?」
ペテロが即座に答えた。「主よ、私たちはだれのもとに行きましょう。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。」
イエスは彼らの信仰を喜ばれ、しかしユダの心に潜む闇をも見ておられた。こうして、イエスはご自身が神から遣わされた命のパンであることを明らかにされ、信じる者に永遠の命を約束されたのだった。
その教えは、ガリラヤの丘から、時を超えて、今も私たちの心に響き続けている。