聖書

「モアブの滅びと哀れみの涙」

**哀しみのモアブ――イザヤ書15章に基づく物語**

荒野の風が熱く乾いた砂を運び、モアブの地を覆っていた。かつて豊かなぶどう畑と肥沃な牧草地で知られたこの国は、今、神の裁きの影に沈んでいた。夜更け、月が薄らぎ、星も涙を隠すかのように瞬きを止めた時、預言者イザヤの心に主の言葉が響いた。

「モアブは滅びる。夜のうちに荒廃し、アルは沈黙し、キルは打ち砕かれる。」

### **第一幕:荒廃の予兆**
モアブの町々には、不気味な静けさが広がっていた。商人たちは市場に現れず、羊飼いたちは丘から下りてこない。ニボとメデバの町では、人々が神殿に集まり、異教の神ケモシュに祈りを捧げていた。しかし、祭壇の炎はなぜか冷たく、香の煙は地に垂れ、空へと昇らなかった。

「ケモシュよ、我々を救え!」と祭司は叫んだが、応える声はなかった。

その夜、突然、遠くから軍馬の蹄の音が響き渡った。それはアッシリアの軍勢か、あるいは主が遣わす裁きの使者か――。人々は家々に閉じこもり、母親たちは幼子を抱き、震えながら窓の外を伺った。

### **第二幕:逃げ惑う民**
夜明け前、ディボンの町はパニックに包まれた。

「逃げろ! 敵が来る!」

男たちは荷物をまとめ、女たちは幼子を背負い、老人たちは杖をついて急いだ。しかし、逃げ場はない。北の道はすでに敵に塞がれ、南の荒野には略奪者が潜んでいた。彼らは涙を流し、髪を振り乱し、衣を裂きながら、荒野へと逃げ込んだ。

「ああ、我らの町は滅びた……ディボンはもはや栄光の町ではない。」

丘の上に立つ預言者は、この光景を遠くから見つめ、胸を痛めた。モアブの民は、かつてイスラエルを苦しめた者たちだが、その悲惨な姿は神の心をも動かすほどだった。

### **第三幕:涙の谷**
逃げ延びた者たちは、涙の谷(エグライム)にたどり着いた。そこは、かつてモアブの王たちが戦勝を祝った場所だったが、今は嘆きと絶望に満ちていた。

「我々の罪が招いたのだ……主の裁きは正しい。」

一人の老人が跪き、つぶやいた。彼はかつて、イスラエルの民を嘲り、その苦しみを笑った者だった。しかし今、彼自身が同じ苦しみを味わっていた。

谷には、疲れ果てた人々の呻きが響き、幼子の泣き声が風に乗って消えていった。彼らの持っていたわずかな水も尽き、喉は渇き、希望は失われた。

### **第四幕:神の裁きと哀れみ**
預言者イザヤは、この光景を目の当たりにし、神の言葉を思い出した。

「モアブの叫びは、その国中に響き渡る……その嘆きは、エグライムにまで届き、ベエル・エリムにまで及ぶ。」

しかし、神の裁きは冷酷なものではなかった。イザヤは、主の心に残る哀れみを感じた。モアブの民は、自らの傲慢と偶像礼拝の結果を刈り取っていたが、それでも神は彼らの叫びを聞き、いつの日か再び顧みる時が来ることを示唆していた。

### **結び:悔い改めへの道**
太陽が沈み、再び闇がモアブを覆った。荒廃した町々、逃げ惑う民、そして涙に暮れる者たち――この悲劇は、神の正義と、悔い改めを求める慈愛の表れだった。

「もしモアブが主に立ち返るなら……」

イザヤは祈りながら、遠くの丘を去った。彼の背後には、まだ煙の上がる廃墟と、新たな夜明けを待つ者たちの静かな祈りが残された。

(終わり)

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