聖書

信仰の違いを越えて:愛と尊重の物語

**ローマ人への手紙14章に基づく物語**

ある日のこと、ローマの町の小さな家の教会に、兄弟姉妹たちが集まっていた。窓から差し込む柔らかな陽の光が、床に敷かれた粗い敷物を照らし、人々の顔を温かく包んでいた。この集会には、ユダヤ人から改宗した信者もいれば、異邦人から信仰に入った者もおり、それぞれが異なる習慣や考えを持っていた。

その日、集会の後、食事を共にすることになった。テーブルには、パンやオリーブ、チーズ、そして葡萄酒が並べられた。しかし、突然、一人の男が立ち上がり、顔を曇らせて言った。

「この葡萄酒は、偶像に捧げられたぶどうから作られたものではないか? 私はそんなものを口にすることはできません。」

その言葉に、周りの人々がざわめき始めた。別の男が反論した。

「偶像などはただの石や木にすぎない。主はすべてのものを清めてくださった。葡萄酒を飲むことが何の問題になるというのか?」

二人の間には、緊張が走った。最初に話した男は、信仰の弱い者で、偶像に捧げられたものを避けることが神への忠誠だと考えていた。一方、反論した男は、信仰によってすべてのものが清められていると信じ、自由に食べ飲みしていた。

その様子を見ていた長老のマルコスは、静かに立ち上がり、優しい声で語り始めた。

「兄弟たち、私たちは皆、同じ主に仕える者です。しかし、それぞれの信仰には歩みの違いがあります。ある人は野菜だけを食べて主に仕え、ある人は何もためらわずに食べます。しかし、大切なのは、互いを裁かないことです。なぜなら、私たちは皆、神の御前に立つ者だからです。」

マルコスは、パウロがかつて教えた言葉を思い出しながら続けた。

「食べる人は食べない人を軽んじてはいけません。食べない人も、食べる人を裁いてはいけません。神はその人を受け入れてくださったのです。あなたは、兄弟を裁くことによって、神の御心に逆らっているのではないでしょうか?」

部屋の中が静まり返った。最初に葡萄酒を拒んだ男は俯き、もう一人の男も深く考え込んだ。

マルコスはさらに言った。

「私たちが生きるのも、主のために生き、死ぬのも、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。キリストは、すべての人の主です。兄弟をつまずかせるような行いをせず、愛をもって歩みましょう。」

その言葉を聞いて、人々の心に平和が訪れた。葡萄酒を飲まなかった男は、隣に座る兄弟に微笑みかけ、こう言った。

「私は今はまだ葡萄酒を飲むことはできませんが、あなたの信仰を尊重します。」

それに対して、葡萄酒を飲んでいた男は、深くうなずき、答えた。

「そして、私はあなたの信仰の歩みを軽んじません。共に主を讃えましょう。」

やがて、テーブルを囲む人々の間に笑顔が広がり、再び賛美の声が上がった。彼らは、互いの違いを超えて、キリストの愛によって結ばれていることを悟ったのだ。

その夜、家を出た人々の心には、深い平安が満ちていた。星の輝く空の下、彼らは静かに祈りながら、それぞれの道を歩んでいった。

**(終わり)**

この物語は、ローマ人への手紙14章の教えに基づき、信仰の弱い者と強い者が互いを尊重し合うことの大切さを描いています。裁き合うのではなく、愛をもって歩むことが、キリストの体である教会を建て上げるのです。

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