### **イエスとパリサイ人たちの対立:清さの本当の意味**
#### **1. パリサイ人と学者の挑戦**
ある日、イエスとその弟子たちはガリラヤの町を訪れていた。その地には、エルサレムから来たパリサイ人と律法学者たちがおり、彼らはイエスの教えと行動を厳しく監視していた。彼らは、イエスの弟子たちの中に、食事の前に「手を洗わない者」がいるのを見つけた。
当時のユダヤ人たちは、先祖から伝わる「人の言い伝え」を非常に重んじていた。特に食事の前には、手を水で洗い、杯や鍋、銅の器などをきれいに清める習慣があった。パリサイ人たちは、このような細かな規定を守らない者を「汚れた者」と見なしていた。
彼らはイエスに近づき、意図的に問いかけた。
「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言い伝えに従わず、汚れた手でパンを食べるのですか?」
彼らの目は批判に満ち、声にはイエスを試そうとする意図が隠されていた。
#### **2. イエスの厳しい反論**
イエスは彼らを見据え、深い悲しみとともに答えた。
「イザヤは、あなたたち偽善者について正しく預言した。『この民は口先でわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを拝んでも、むだなことである。人間の教えを、戒めとして教えるだけだから』と。」
そして、イエスは群衆を呼び寄せ、力強い声で言われた。
「聞いて悟りなさい。外から人の中に入るもので人を汚すことができるものは何もない。人を汚すのは、人の中から出て来るものだ。」
弟子たちはこの言葉の意味がわからず、後で家の中で尋ねた。
「あのたとえは、どういう意味ですか?」
イエスはため息をつき、彼らの理解の遅さを悲しみながら説明された。
「あなたがたも、そんなに悟りがないのか? 外から入るものは、人の心には入らず、腹に入り、そして外に出される。それは、どんな食べ物でも、清められていないものはないということを意味している。」
そして、イエスは真剣な表情で続けた。
「しかし、人の中から出て来るもの、すなわち、悪い思い、姦淫、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高慢、愚かさ──これらすべての悪は内側から出て、人を汚すのだ。」
#### **3. 異邦人の女性の信仰**
その後、イエスはツロとシドンの地方へ向かわれた。ある家に入ろうとしたとき、一人の女性が駆け寄ってきた。彼女はギリシヤ人で、シロフェニキアの生まれであった。彼女には、汚れた霊につかれた幼い娘がいた。
彼女はイエスの前にひれ伏し、泣きながら願った。
「主よ、ダビデの子よ、私をあわれんでください! 娘が悪霊に苦しめられています!」
しかし、イエスは最初、沈黙を守られた。当時のユダヤ人たちは異邦人を「清くない民」と見なしており、イエスの使命もまず「イスラエルの失われた羊」に向けられていた。
弟子たちは彼女の執拗な願いにうんざりし、イエスに言った。
「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」
イエスは女性を見つめ、こう言われた。
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外には遣わされていない。」
しかし、彼女は諦めず、再びひれ伏して懇願した。
「主よ、どうかお助けください!」
イエスはさらに言われた。
「子供たちのパンを取って、小犬に投げてやるのはよくないことだ。」
この言葉は、当時のユダヤ人が異邦人を「家の外の犬」のように見ていたことを反映していた。しかし、この女性はイエスの言葉にひるまず、信仰をもって答えた。
「主よ、そのとおりです。でも、食卓の下の小犬も、子供たちのパンくずはいただきます!」
この答えに、イエスは深く感動され、彼女の信仰をほめたたえられた。
「あなたのその言葉は立派だ。その願いのとおりになるように。」
そして、彼女が家に帰ると、娘は悪霊から解放され、静かに寝ていた。
#### **4. 耳の聞こえない人をいやす**
イエスは再びガリラヤ湖畔に戻り、デカポリス地方を通られた。そこでは、人々が耳が聞こえず、舌の回らない人を連れて来た。彼らはイエスに、この人に手を置いて癒してくださるように願った。
イエスは彼を群衆から離れ、静かな場所に連れて行かれた。そして、指をその人の耳に入れ、唾をつけてその舌に触れ、天を仰いで深く息をつき、言われた。
「エパタ(開け)!」
するとすぐに、その人の耳が開き、舌のもつれが解け、はっきりと話せるようになった。人々は驚き、喜んで言った。
「この方のなさることは、すべてすばらしい。耳の聞こえない者を聞こえるようにし、口の利けない者を話せるようにしてくださる!」
こうして、イエスは人々に神の国の力を示し、真の清さが外側の行いではなく、心のあり方にあることを教えられたのだった。