**イエスとペテロの湖上の奇跡**
ガリラヤ湖のほとりで、夕暮れの風が穏やかに水面を撫でていた。群衆は一日中、イエスの教えに耳を傾け、癒しを受けて満たされていた。しかし、日が傾き始めると、弟子たちはイエスのもとに近づき、こう言った。
「先生、もう時間も遅くなりました。群衆を解散させて、近くの村で食べ物を買うようにさせてください。」
イエスは彼らを見つめ、深い慈愛に満ちた声で答えた。「彼らが去る必要はない。あなたがたで、彼らに食べ物を与えなさい。」
弟子たちは驚き、当惑した。目の前には五千人以上の男たちがおり、女性や子供を加えるとその数はさらに膨れ上がっていた。ペテロがためらいがちに言った。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません。こんな大勢の人々に、これでどうすればよいのでしょうか?」
イエスは静かに微笑み、弟子たちに命じた。「そのパンと魚を、ここに持って来なさい。」
そして、イエスは群衆を整然と座らせ、天を見上げて父なる神に感謝をささげた。その瞬間、弟子たちの手に握られたわずかなパンと魚が、不思議なほどに増え始めた。パンは裂かれるたびに新しいパンが現れ、魚も同様に増えていった。弟子たちは驚きながらも、群衆の間に分け与え、すべての人が満腹するまで食べた。
食べ終わった後、イエスは弟子たちに言われた。「余ったパン屑を集めなさい。無駄にしてはならない。」
彼らが集めると、十二のかごがいっぱいになるほど残っていた。群衆はこの奇跡を見て、驚嘆し、「まことに、この方は預言者である」とささやき合った。
しかし、イエスは群衆の熱狂を避けるように、弟子たちに急いで舟に乗り、向こう岸へ先に行くように命じた。そして、ご自身は祈りのために山へと退かれた。
夜が更け、湖の上には強い風が吹き荒れ、弟子たちの舟は波にもまれていた。四更の時(夜明け前)、イエスは湖の上を歩いて彼らに近づかれた。弟子たちは、水の上を進む影を見て、「幽霊だ!」と恐れ叫んだ。
すると、イエスの声が風を超えて響いた。「安心せよ。わたしだ。恐れることはない。」
ペテロはその声を聞き、勇気を奮い起こして叫んだ。「主よ、もし本当にあなたでしたら、私に命じて、水の上を歩いてあなたのところへ行かせてください!」
イエスは「来なさい」と答えられた。
ペテロは舟から降り、イエスに向かって歩き始めた。しかし、強い風を見て恐怖に襲われ、沈みかけた。「主よ、助けてください!」
イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」
二人が舟に乗り込むと、風は静まった。弟子たちはひれ伏し、「まことに、あなたは神の子です」と告白した。
こうして、イエスはご自身の力と慈愛を示され、弟子たちの信仰を強められた。そして、彼らは向こう岸に着き、ゲネサレトの地でさらに多くの人々を癒し、神の国の福音を宣べ伝えたのである。