**使徒行伝21章:エルサレムへの旅路**
エルサレムへの道は、まるで神の御手によって敷かれたかのように、パウロとその同行者たちの前に続いていた。春の風が地中海の潮香を運び、小アジアの丘陵地帯を越えて、一行の衣を軽やかに揺らした。パウロの心は重かった。彼は聖霊に導かれてこの旅を続けていたが、同時に、エルサレムで待ち受ける苦難について、幾度も警告を受けていた。
「この鎖が私を待っている」と、パウロはアジアの弟子たちに語った。その言葉は、彼の決意と覚悟を表していた。しかし、彼の目は揺るがなかった。キリストの福音のために生き、死ぬことこそが、彼の使命であった。
### **ミレトスからエルサレムへ**
一行はまずミレトスに滞在し、エフェソの長老たちと別れを告げた。パウロは彼らを呼び寄せ、深い情熱を込めて語った。「私は心を尽くして主に仕え、涙と試練の中でも福音を宣べ伝えてきました。しかし今、聖霊に導かれてエルサレムへ向かいます。そこで何が待っているかは分かりません。しかし、私の命よりも、主イエスの恵みの福音を証しすることが大切なのです。」
長老たちは涙を流し、パウロの首を抱き、彼に別れを告げた。彼らは二度と彼の顔を見ることがないかもしれないという予感に、胸を締め付けられた。
船はミレトスを離れ、コス、ロドスを経て、パタラに着いた。そこで一行はエルサレムへ向かう大きな船に乗り換えた。風は順調で、船は速やかに進み、キプロスの沖を過ぎ、シリアの海岸線に沿って進んだ。やがて、彼らはフェニキアの港町ティルスに到着した。
### **ティルスでの預言**
ティルスでは、弟子たちがパウロを迎え入れ、七日間共に過ごした。その間、聖霊に満たされた弟子たちは、パウロに向かって警告を与えた。
「エルサレムへ上ってはいけません。そこであなたは捕らえられ、苦しみを受けるでしょう。」
しかし、パウロは首を振った。「私は覚悟しています。エルサレムで鎖につながれることさえ、主の御名のためなら喜んで受け入れます。」
人々は彼の決意を見て、もはや反対せず、「主の御心が成りますように」と祈った。
港で別れの時が来たとき、男女の信徒たちは皆、パウロと共に浜辺にひざまずき、祈りをささげた。互いに抱き合い、涙を流しながら、彼は船に乗り込んだ。
### **カイサリアと預言者アガボ**
船はさらに南下し、カイサリアに到着した。ここで一行は、福音宣教者フィリポの家に迎えられた。フィリポには四人の未婚の娘がおり、いずれも預言の賜物を持っていた。
数日後、ユダヤから預言者アガボがやって来た。彼はパウロの前に立ち、自分の帯を取ると、自分の手足を縛り始めた。そして厳かに語った。
「聖霊がこう告げています。『エルサレムで、この帯の持ち主をこのように縛り、異邦人の手に渡す。』」
これを聞いた同行者たちは、悲しみに打ちひしがれ、「パウロ、行かないでください」と懇願した。
しかし、パウロは静かに答えた。「なぜ泣いて私の心を砕くのですか? 私は主イエスのために、エルサレムで縛られるだけでなく、死ぬことさえ覚悟しています。」
もはや誰も彼を説得することはできなかった。人々は沈黙し、「主の御心がなりますように」とつぶやくしかなかった。
### **エルサレム到着**
ついに、一行はエルサレムに到着した。町は過越の祭りの準備で活気づいており、巡礼者たちでごった返していた。パウロたちは、ヤコブをはじめとする教会の長老たちに温かく迎えられた。
パウロは、神が異邦人の間で行われたすべての働きを詳しく報告した。長老たちは神を賛美したが、同時に深刻な顔をした。
「パウロ兄弟、ご存じの通り、ここエルサレムには、あなたについて誤解しているユダヤ人信徒が大勢います。彼らは、あなたがモーセの律法を捨てさせ、異邦人に割礼を拒むように教えていると信じ込んでいます。」
そこで長老たちは提案した。「私たちの中に誓願を立てている四人の者がいます。彼らと共にあなたも清めの儀式に参加し、費用を負担してください。そうすれば、あなたも律法を守っていることが明らかになり、誤解が解けるでしょう。」
パウロはこれに従い、翌日、四人の者と共に神殿に行き、清めの期間が満ちるまでを過ごすことを公にした。
### **神殿での騒動**
しかし、七日目が近づいたとき、アジアから来たユダヤ人たちがパウロを見つけ、群衆を扇動した。
「イスラエルの人々、助けてくれ! この男はどこでも律法に逆らい、神殿を汚すことを教えている!」
彼らはさらに、パウロが異邦人であるエフェソ人のトロピモを神殿に連れ込んだとでっち上げた(実際にはトロピモは神殿の境内には入っていなかった)。
たちまち群衆は激高し、パウロを捕らえて神殿の外に引きずり出した。門は閉ざされ、人々は彼を殺そうとした。
### **ローマ軍の介入**
その騒ぎを聞きつけたローマ軍の千人隊長は、兵士たちを率いて駆けつけた。暴徒は兵士たちを見ると、パウロを打つのをやめた。千人隊長はパウロを鎖で縛り、彼が何者なのか尋ねた。
群衆は「こいつはエジプトから来た反乱分子だ!」「神殿を汚す者だ!」と叫び、混乱は収まらなかった。
千人隊長はパウロを兵営に連れていくことにしたが、群衆が「殺せ!」と叫ぶ中、兵士たちは彼を肩に乗せて運ばざるを得なかった。
### **パウロの弁明**
兵営の階段に着いたとき、パウロはギリシャ語で千人隊長に話しかけた。
「私はキリキアのタルソ出身のユダヤ人です。この群衆に話をさせてください。」
千人隊長は驚いた。彼はパウロがエジプトの反乱指導者だと思っていたからだ。許可を得たパウロは、階段の上に立ち、群衆に向かって手を振った。
「兄弟たち、父たちよ、私の弁明を聞いてください!」
人々は静かになり、パウロはヘブライ語で語り始めた。
こうして、パウロは自らの回心の物語を語り、神が彼を異邦人への宣教者として選んだことを証しした。しかし、彼の言葉はまだ終わっていなかった。エルサレムでの彼の運命は、神の御手の中にあった。
(続く)