**信仰の錨：ヘブライ人への手紙第2章の物語**

エルサレムの夜明け前、薄暗い家の中に、年老いた教師エリアサルが羊皮紙の巻物を広げていた。ろうそくの炎がゆらめき、彼の深く刻まれた皺を浮かび上がらせた。彼はローマの迫害から逃れてきたクリスチャンたちに、この手紙を読み聞かせようとしていた。

「兄弟たちよ、聞きなさい。」エリアサルの声は低く、しかし力強く響いた。「私たちが聞いたことをなおざりにしてはなりません。神の御使いを通して語られた御言葉は確かであり、すべての違反と不従順は当然の報いを受けたのです。」

若い信徒の一人、マルコスが前のめりになった。「でも、先生、どうして神は今、私たちをこんなに苦しめられるのですか？ ローマ兵が教会を破壊し、兄弟たちが牢につながれています…。」

エリアサルは優しく、しかし厳しい目で彼を見た。「マルコスよ、この世の苦しみは、神のご計画から目を離させようとする悪しき者の策略だ。だが、覚えておきなさい。神はこの世を、御使いではなく、人の子によって治めると約束された。」

彼は巻物を指でなぞりながら、続けた。「詩篇のダビデはこう歌った。『人とは何ものなので、あなたはこれを顧みられるのですか。人の子とは何ものなので、あなたはこれを心に留められるのですか。』しかし、神は人を僅かの間、御使いよりも低くされたが、栄光と誉れの冠を授け、万物をその足の下に従わせられました。」

部屋の隅で、幼い子供を抱いた女性、リビアが涙を浮かべた。「でも、イエス様は十字架で死なれました。どうして栄光などあるのでしょうか…？」

エリアサルの目にも涙が光った。「ああ、リビア。まさにそこに神の愛がある。イエスは死の苦しみを受け、私たちすべてのために、恵みによって神と和解させるために来られた。彼は私たちの兄弟となられ、私たちと同じように試練を受けてくださった。だからこそ、今、私たちは彼を信じて、決して揺るがない『信仰の錨』を持つことができるのだ。」

外では、ローマ兵の足音が近づいてきた。しかし、エリアサルは慌てず、最後の言葉を力強く語った。「イエスは、悪魔の力である死を打ち破り、私たちを解放してくださった。だから、恐れてはならない。たとえこの体が滅びても、私たちの魂は神のものだ。」

兵士たちが戸を叩く音が響いた。マルコスが震える手で巻物を握りしめた。「先生…！」

エリアサルは静かに微笑んだ。「主は私たちを忘れない。約束を信じ続けなさい。」

その瞬間、朝日が部屋に差し込み、ろうそくの炎が消えた。光の中に、彼らは目に見えない確かな希望を感じた──神の御子が共におられ、苦しみの先に永遠の栄光が待っていることを。

（終わり）