信仰の父アブラハムの物語
深き闇が世界を覆っていた時代、一人の男が夜空を見上げていた。その名はアブラハム。神から約束を受けたにもかかわらず、未だ子宝に恵まれぬ老齢の族長であった。砂漠の夜風が彼の白髪を揺らし、無数の星々がきらめく天蓋を形作っていた。
「見上げて天を数えよ」と主は言われた。「あなたの子孫はこの星のようになる」
アブラハムの心には複雑な思いが去来した。人間的な考えでは、百年近い生涯の中で、もはや子供を授かる見込みはないように思われた。彼の体は老い、妻サラの胎も長く閉ざされていた。しかし彼は夜空を見つめながら、不思議な平安を感じていた。
「主がそう言われるなら、そうなるのだ」
彼はそうつぶやき、深く息を吸い込んだ。砂漠の冷たい空気が肺に満ち、星明かりが彼の皺の深い顔を優しく照らした。この瞬間、アブラハムは自分の無力さを認めつつも、神の約束を完全に信じる選択をした。それは計算や確証に基づく信仰ではなく、純粋な信頼に満ちた信仰であった。
月日は流れ、アブラハムとサラは天幕で暮らし続けた。周囲の人々は陰でささやいた。「あの老人たちは夢を見ている。神の約束など幻想に過ぎない」と。しかしアブラハムは毎朝、太陽が昇るのを見ては神に感謝し、毎晩、星が輝くのを見ては約束を思い起こした。
ある春の夕暮れ、三人の旅人が彼の天幕を訪れた。アブラハムは慣例の客人待遇を丁寧に行い、最上の食べ物を提供した。その時、一人の旅人が驚くべき宣言をした。
「来年の今ごろ、私は再びここに来る。その時、あなたの妻サラには男の子が生まれている」
天幕の入り口に立っていたサラはこれを聞いて思わず笑ってしまった。九十歳の女が子供を産むなど、あまりに非現実的に思えたからだ。しかし旅人は言った。「なぜサラは笑ったのか。主にとって不可能なことがあろうか」
その言葉が天幕に響き渡った時、アブラハムの心に確信が灯った。この客人は普通の旅人ではない。神ご自身が約束を再確認するために訪れてくださったのだ。
約束された通り、翌年、サラはみごもり、イサクを産んだ。老人の体から新しい命が芽吹いたのである。サラは産みの苦しみの中で、喜びの涙を流した。「神は私に笑いを与えてくださった。この子を聞く者は皆、私と共に笑うだろう」
アブラハムは新生児のイサクを抱きしめ、震える手でその小さな指に触れた。この子は単なる子供ではない。神の忠実さの生ける証しなのであった。彼は天幕の外を見上げ、かつて約束を聞いたあの星空を思い出した。一粒の信仰の種が、今、目に見える形で実を結んだのである。
この物語は、アブラハムが自分の功績によってではなく、純粋な信仰によって義と認められたことを示している。彼は働きによって報われたのではなく、神を信じる信仰によって恵みを受けたのである。それはまるで、何もない所から星を創造された神が、衰えた体から新しい命を生み出されるごとくであった。
後にパウロが記したように、アブラハムの信仰は彼の義と認められ、それは割礼を受ける前のことであった。つまり、彼は行いによるのではなく、信仰によって救いの共同体に加えられた最初の模範なのである。
砂漠の風は今日も吹き、アブラハムの子孫は確かに星のように増え広がっている。しかし真の子孫とは、血筋によるものだけでなく、アブラハムのように神を信じる信仰によって生きるすべての人々なのである。




