聖書

悔い改めと赦しの物語

ある寒い冬の午後、エルサレムの旧市街にある石造りの家で、静かな緊張が漂っていた。家の主人であるヨセフは、暖炉の前で羊皮紙の巻物を広げていたが、その目は文字ではなく炎の中のゆらめく幻影を見つめていた。

「父さん、僕、もう限界です」

息子のエリアスが低い声で言った。彼の手には、兄のヤコブから奪い取った銀の杯が握られていた。昨日から続く兄弟喧嘩の余波が、家中に重くのしかかっている。

ヨセフは深いため息をついた。「乾いたパン一切れでも、平和に暮らせる家の方が良い。争いの中で肥えた雄牛の肉を食べるよりはな」

その言葉に、台所で夕食の準備をしていた妻のレベカがはっと顔を上げた。彼女は黙ってヤコブの肩に手を置き、そっと台所へ連れて行った。レベカは知っていた。愚かな息子は父親の辱めとなるが、争い続ける妻は屋根の雨漏りのように耐えがたい、ということを。

外では雨が降り始め、石畳を打つ音が家中に響いていた。エリアスは悔恨の表情を浮かべ、銀の杯をテーブルに置いた。「僕…兄さんのものを盗むつもりじゃなかったんです。ただ…ただ羨ましくて」

その時、戸口をノックする音がした。訪ねてきたのは、隣に住む老預言者ナタンだった。彼の顔には深い皺が刻まれ、雨に濡れた外套からは寒気が立ち込めていた。

「平和があなた方とともにありますように」ナタンは慣れた手つきで外套を脱ぎ、暖炉のそばに腰を下ろした。「遠くから来る友人のために、この老人の門を開けてくれたことに感謝する」

ヨコブが温かい蜂蜜酒を持ってくると、ナタンはほほえんだ。「賢い僕は愚かな息子よりも良い。しかも兄弟の間を分け合う相続人となる」

その言葉に、ヨセフははっとした。彼はナタンがただの社交訪問ではないことを悟った。老人の目には、真剣な輝きが宿っていた。

「今日、市場で見た光景を話そう」ナタンは杯を手に取り、ゆっくりと語り始めた。「金持ちの商人が、貧しい大工を嘲笑っていた。彼が作った椅子に欠陥があると言って、正当な報酬を支払わなかったのだ」

暖炉の火がぱちぱちとはぜ、影が壁で踊る。ナタンの声は次第に力強くなった。

「主はすべての心を試される。それぞれの動機を理解しておられる。悪を行う者は欺きを好み、残酷な者は嘘をつく。賄賂を受け取る者は、自分の魂の袋に穴を開けるようなものだ」

エリアスはうつむいた。彼の心は、ナタンの言葉で刺されたように痛んだ。

「父さん」エリアスは声を震わせて言った。「僕、ヤコブ兄さんに謝りに行きます」

ヨセフは息子の目の中に、初めての成熟の兆しを見た。過ちを犯すことは人間の性だが、それを認め、悔い改めることは知恵の始まりである。

ナタンはうなずき、杯を置いた。「孫のない者には、子どもは王冠の輝き。子らの子は老人の誇りだ」

その時、ヤコブが台所から現れた。彼の目には涙が光っていた。「弟よ」彼はエリアスに近づき、抱きしめた。「愚かなことを言うな。お前は俺の兄弟だ。一粒の麦よりも大切な弟よ」

レベカは涙を拭いながら、温かいパンと豆のシチューを運んできた。一家は食卓を囲み、初めて心からの平安を味わった。

ナタンは食事を終え、立ち上がった。「正しい者のたましいは高価すぎて、贖うことができない。しかし、神は知っておられる。いつくしみ深い方は、ご自身の聖徒たちを守られることを」

戸口でナタンは振り返り、最後の忠告を残した。「友のそしりに心を留めるな。傷つける言葉は、奥深くまで突き刺さる矢のように鋭いからだ」

扉が閉まり、家の中には温かな静寂が広がった。ヨセフは家族を見つめ、心の中で祈った。主よ、どうか私たちの心を試し、悪しき思いから清めてください。どうか私たちが、愚かさではなく知恵を、争いではなく平和を選ぶ者となりますように。

外では雨が上がり、最初の星がエルサレムの空に輝き始めていた。

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