聖書

荒れ狂う湖と大いなる御声

その日、ガリラヤ湖は鉛色を帯びていた。夜明け前の闇が、水面を厚いヴェールのように包み込んでいる。岸辺に座る老いた漁師、エリアブは、膝を抱え、遠く東の山々の稜線がわずかに紫がかるのを待っていた。足元では、波が焦げたパンの欠片のように砕け、引いていく。毎朝のように、彼はここに座り、湖の呼吸に耳を傾けた。今日は、いつもより重い空気が肌にまとわりつく。嵐の予感だった。

彼の人生はこの湖と共にあった。穏やかな日も、荒れる日も、すべてを知っていた。しかし、いくら知ったところで、湖がその底から沸き起こる怒りを表す時、人はなす術もない。ただ、小さな舟の中で、神の御名を叫ぶだけだ。彼は皺の深い手を伸ばし、冷たい水に触れた。水は、いつでもそこにある。誕生より前から、死んだ後も。途切れることのないその流れは、時に慈雨をもたらし、時に家も家族も押し流す。水は恵みであり、脅威であった。

東の空が裂け、最初の光が差し込んだ。すると同時に、風が変わり始める。さっきまで鏡のように穏やかだった水面に、皺が寄り始めた。やがてそれは白い爪痕となり、遠方でうねりが育つのが見えた。風の声が高くなる。木々が軋み、波の打ち寄せる音が、単調なリズムから狂った太鼓の連打へと変貌していく。嵐が、湖の全面を支配し始めた瞬間だ。エリアブは身を起こした。若い頃なら、この嵐の中に飛び込み、漁を続けたかもしれない。今はただ、その壮大な破壊力の前に佇むしかない。

波は山となり、谷となった。轟音は、天と地の隙間を埋め尽くす。雷鳴が湖面を殴りつけ、稲妻が一瞬、狂ったような水面の表情を白日のもとに曝す。それは、圧倒的な力の示威行為だった。秩序などない。混沌が、全てを飲み込もうとしている。エリアブは息を呑んだ。この轟き、この怒涛は、世界の根底が揺さぶられているようだった。太古から、世界はこのような洪水の鬨の声に満ちていたのではないか。人の国々の興亡、王たちの栄華、すべてこの荒れ狂う水の前では、泡のように儚く消えてしまう。彼は思った。これが、世の全ての力の究極の姿なのか、と。

その時、彼の耳に、別の音が届いた。

それは、嵐の轟きの中にあって、しかしそれとは全く次元の異なる響きだった。音というよりも、震動と言うべきか。それは、嵐の喧騒の「背後」から聞こえてくる。波のうねりよりも深く、雷鳴よりも重く、風の咆哮よりも古い。それは、静寂ではなかった。確かな「声」だった。言葉にならない、調べにならない、しかし紛れもない「宣言」のようなもの。それは、荒れ狂う湖の上を、むしろ湖の底のさらに下から、ゆるぎなく響き渡る。

エリアブは目を閉じた。すると、眼前の嵐の光景が、別の光景へと重なって見えてきた。それは、とこしえからの御座。嵐などというものは、その御座の足元に過ぎない。大水が鬨の声をあげても、その大いなる御声の前では、かき消されるざわめきでしかない。湖の水は、今この瞬間も、その御方によって定められた境を越えようとしない。なぜなら、その境を引かれたのが、この轟きよりも力強いお方だからだ。

嵐は、突然の訪れと同じように、去っていった。風は収まり、波は疲れた獣のように静かになっていく。雨雲の隙間から、金色の光の柱が何本も湖面に降り注いだ。水は、さっきまでの怒りを忘れたように、きらきらと輝いている。すべてが洗われ、息を吹き返したようだ。

エリアブはゆっくりと立ち上がり、足元の砂を見た。嵐が運んだであろう小枝や水草が散らばっている。それらは、確かに強大な力の証拠だった。しかし、彼の心に満ちていたのは、もう嵐の恐れではなかった。その轟きを貫いて聞こえた、あの「大いなる御声」の余韻だった。彼は、うつろいゆく水と、決してうつろわない御声とを思った。

湖は元の姿に戻った。しかし、エリアブの目に映る湖は、もはや昨日までのそれではなかった。この水の広がりは、もっと確かなものの「反映」でしかない。真の大いなる水、すなわちとこしえからの力と秩序は、この目の前の湖の彼方、その底にも、その上にも、それを取り囲むようにして確かに存在している。そして、その力は、荒れ狂う時だけでなく、この穏やかな輝きの中にも、等しく満ちている。

彼は家路についた。足取りは重くなかった。心の中に、嵐の轟きよりも深い平安が広がっていた。彼は呟いた。

「主こそ王となられた。尊厳をまとわれた。主は力を帯び、 belt を締められた。まことに、世界はゆるぐことなく、定められた。」

家に戻り、炉端に座ると、彼は安息日に神殿で聞く言葉を思い出した。それは、この湖のほとりで体感したことの言葉だった。御座はとこしえより堅く定められ、その家は聖なるもの。それは、嵐に揺さぶられることのない、この世界の隠れた現実だった。

外では、夕暮れが訪れようとしている。湖は再び静けさに包まれ、最初の星々が水鏡に映り始めた。エリアブは、今日という日、あの嵐の中に、世界の真の王権を見たと思った。それは人の目には、時に荒々しい力として、時に破壊として映るかもしれない。しかし、その核心には、揺るぎない、慈しみに満ちた統治がある。大水が声をあげても、主の御声はさらに力強い。

彼は静かに祈りを捧げた。今日与えられたこの確信、この静かな尊厳を、覚えていたいと。湖の水は、今も、とこしえから定められた境の中で、穏やかな音を立てていた。

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