聖書

バビロンの夜明けと約束の走者

夜はまだ深いが、東の空には、すでに鈍い鉛色が滲み始めていた。捕囚の地、バビロン。低い家々の屋根には、いつもと同じく、重く湿った埃が降り積もっている。通りには誰もいない。ただ、遠くで吠える野犬の声が、冷たい風に乗って、時折、断片的に聞こえてくるだけだった。

わたしは、この町の最も貧しい一角にある、土壁が崩れかけた小屋に住んでいた。かつてはエルサレムで神殿に仕える者の一族に生まれたが、今は名もない老いた捕囚民の一人だ。手には、長年の労苦で節くれだった皺が刻まれ、目には、遠く離れた故郷の山々を夢見たあまりの霞がかかっていた。この五十年近く、わたしはバビロンの土を踏みしめて生きてきた。その土は、我々の涙でしめり、ため息で固められたように思えた。

窓というほどのものもない開口部から、灰色の明かりがゆっくりと差し込んできた。横で寝息を立てているのは、幼い頃に両親を疫病で失い、わたしが引き取った少年、エリアサ。彼のほほには、夢の中で笑ったのか、浅いえくぼが浮かんでいる。この子には、わたしたち老人が見失いかけた「約束の地」を、いつか自分の目で見せてやりたい。だが、それは叶わぬ願いのように思えた。わたしたちの神、主は沈黙しておられる。いや、沈黙しているのは神ではなく、わたしたち自身の心なのかもしれない。祈りの言葉さえ、喉の奥で砂のように渇き、崩れ落ちてしまう。

ふと、胸の奥底で、何かが揺り動くのを感じた。目を開ける。それは外からの音ではない。風でもない。まるで、遠い遠い地底から湧き上がってくる、巨大な鼓動のようなもの。いや、鼓動と言うよりは……呼び声だ。

「起きよ、起きよ。シオンよ。汝の力を装え。」

誰の声か。しかし、声など聞こえない。ただ、その「言葉」が、骨の髄まで染み渡るように、わたしの内側に直接響いてきた。それは、かつて父が繰り返し口にしていた、あの預言者の言葉そのものだった。わたしは毛布を払いのけ、外へと足を踏み出した。素足に伝わる土の冷たさも、もう感じない。

町を抜け、ユーフラテス川の支流に沿って、人気のない小高い丘へと登っていった。足取りは、年老いた者とは思えぬ軽やかさだった。登り切った時、東の水平線が、まさに引き裂かれようとしていた。暗紫色の闇が、まず深紅の裂け目を作り、その裂け目から、溶けた黄金のような光がほとばしり出る。その光は、川の水面を真っ二つに切り、やがて、バビロンの煉瓦の壁さえも、一時的に神聖なもののように輝かせた。

その時、見た。

丘の向こう、荒野を越えた道に、一点の影が現れた。それは疾走していた。風を切り、砂塵を巻き上げながら、まっすぐにこの町へ向かってくる。やがてその姿がはっきりとした。一人の走者だ。彼の足は、まるで羚羊のように軽やかで、地面をつく音さえ、喜びの太鼓の響きのように聞こえた。彼の頬は紅潮し、汗は額を宝石のように輝かせている。その口が動いている。叫んでいる。風が言葉を運んでくる。

「平和を……良い知らせを……救いを!」

彼は丘のふもとを通り過ぎ、まっすぐに、捕囚民の集う地区へと向かっていった。彼の足跡さえ、わたしには麗しいものに思えた。そして、その走者の背後の道、はるか地平線の彼方から、今度は無数の声が聞こえてきたように感じた。それは、勝ち鬨の声か、歓喜の歌声か。それは、すべての山々を震わせ、長い間鎖に繋がれていたものたちの、解放の宣言のように響いた。

「汝の神、統べ治む!」

わたしの頬を、熱いものが伝った。気がつくと、跪き、顔を地面に押し付けていた。土の匂い。それはもう、捕囚の地の敗北の匂いではなく、約束の地の、雨に潤う沃土の香りのように思えた。主は沈黙してなどいなかった。ただ、わたしたちの耳が、嘆きと絶望の叫びで塞がれていただけなのだ。

エルサレム。あの廃墟と化した都の見張りたちが、一斉に声を合わせて歌いだす日が来る。彼らは、目と目を見合わせて、主がシオンに帰られたのを見るだろう。その喜びの歌は、荒れ果てた町の石ひとつひとつを、生気に満ちた生ける石に変えるだろう。

しかし、その歓喜の只中で、突然、胸を締めつけるような悲しみがよぎった。あの走者が告げ知らせる「平和」と「救い」の代価は、いったい何なのか。それらは、ただ無造作に配られる安価な贈り物だろうか。わたしの内なる目に、別の姿が浮かんだ。多くの人に忌み嫌われ、苦しみを知る者。その顔は人間らしさを失い、その姿は人々の目から隠される。彼は、わたしたちの患いを負い、わたしたちの痛みを担う。

この二つの情景──麗しい報せを運ぶ走者と、辱めと苦痛に沈むひとりの者──それが、どうしても一つのものとして結びついて離れない。喜びと悲しみ。勝利と犠牲。それは、まるでこの夜明けの光と影のように、切り離せない。わたしにはまだ、その深遠な結びつきを理解することはできない。ただ、確信したことがある。主の御腕は、隠されたところで働き、今、まさにその御腕が現れようとしているのだ。すべての国の民が、その救いを見る時が来ている。

朝日が完全に昇り、バビロンの町全体が、まばゆい光に包まれた。遠くから、人々のざわめきが聞こえてくる。あの走者の声が、眠っていた者たちを起こしたに違いない。わたしは立ち上がり、ゆっくりと丘を下り始めた。足取りは重いが、心は、捕囚の初めの日以来、感じたことのない軽さに満ちている。

小屋に戻ると、エリアサが起きて、不安そうな顔で座っていた。
「どこへ行っていたのですか?」
彼の目は、朝の光をいっぱいに浴びて、清らかだった。
わたしは彼の小さな肩に手を置き、窓の外、眩い光の中に浮かぶ町を見つめた。
「もうじき、」わたしは声をつまらせながら言った。「わたしたちは、家に帰る。主ご自身が、その道を備えてくださる。砂漠を通る道を、ユーフラテスの水の中を通る道を。わたしたちは、汚れを洗い落とし、肩を揃えて、静かに、しかし確かな足取りで、聖なる都へと帰って行くのだ。」

少年はよく理解できないようだった。しかし、わたしの声に宿った、消えることのない確信を感じ取ったのか、彼は深くうなずき、わたしの粗末な上着の裾をしっかりと握りしめた。

その日から、バビロンの空気が変わった。変わったのは空気ではない。わたしたち捕囚の民の、それを吸い込む肺だった。目に見える何かがすぐに起こるわけではなかった。しかし、あの夜明けの丘で見たもの、感じたものは、砂漠に打たれた杭のように、揺るぎないものとして心に残った。それは、単なる希望ではなく、到来する確信だった。たとえ、それがどのような形で来るのか、この身をもって知る日が来るのかさえ、わたしには分からなくとも。

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