工房には木屑の匁いが漂っていた。大工マタイは、古い肘掛け椅子の修繕に取り組んでいた。七十歳を過ぎた今も、彼の手は木の肌理を正確に読み取り、鑿を慎重に動かす。しかし、朝から続く腰の痛みは、どうにもならなかった。這うような姿勢で作業台に寄りかかり、深く息を吸った。窓の外では、五月の柔らかな光が、教会の石壁を温めていた。
彼は、この椅子を初めて作った時のことを思い出した。四十年前、息子が生まれたばかりの頃だ。無垢材は張りがあり、弾力があった。自分の手も、そして人生そのものも、頑丈で折れないもののように思えた。今、その椅子の脚は何度も継ぎ接ぎされ、座面の籐は色褪せている。彼自身の体も、そうだ。皮膚は羊皮紙のように薄くなり、関節は雨の前に軋む。まるで、仮の住まいに暮らすように、とふと思った。仮設の小屋。仮寝の幕屋。
「お爺ちゃん、まだやってるの?」
孫のヨシュアが工房の入り口に立っていた。十二歳の背丈は、この一年で驚くほど伸びていた。
「ああ、もう少しだ。この足の接合部がな、緩んじゃってね」
少年は近づき、椅子の傷んだ部分を触った。「壊れちゃうものは、直せばいいんだね」
マタイは手を止め、少年の顔を見た。彼の目は、曇りのない泉のように澄んでいた。「そうだな。だがな、ヨシュア。いつかは直せなくなる時が来る。この椅子も、お爺ちゃんもよ」
その言葉に、少年は少し首をかしげた。「でも、天国では新しい体がもらえるんでしょう? 聖書に書いてあるよ」
マタイは口元を緩めた。確かに、彼はその箇所を何度も読んだ。『もし地上の幕屋が滅びても、神から賜わる建物、人の手によらない、天に永遠の家を持つことを、わたしたちは知っている』。知っている。頭では。しかしこの古びた肉体、この痛みの中で、その約束を「知っている」ことと、それを「待ち望んでいる」ことの間には、深い谷間があった。
その夜、マタイは聖書を手に、裏庭の小さなベンチに座った。肌寒い風が、沈丁花の甘い匂いを運んでくる。彼は目を閉じ、祈ろうとしたが、言葉が出てこなかった。代わりに心をよぎったのは、消えることのない後悔の数々だった。若き日に言い争った友人、機会があったのに助けなかった隣人、信仰のために傷つけた家族の顔。それらは全て、この「地上の幕屋」での出来事だった。仮の住まいでの過ち。それが、なぜこんなにも重いのだろうか。
彼はふと、遠い記憶を呼び起こした。巡礼の旅で訪れた、砂漠のテント村のこと。昼は灼熱の太陽が幕屋を焼き、夜は急激な冷気が骨まで凍らせた。人々はいつも、より確かな家、より永続的な住まいを求めて移動を続けていた。あの旅の最後、彼は古い牧者から言われた言葉を思い出した。「人間の人生は、荷をまとめては解く繰り返しだ。本当の荷解きは、神の家に着いた時だけだろう」
翌日、教会で小さな集会が開かれた。マタイは日課のように礼拝堂の後ろの席に座っていた。説教壇に立ったのは、町からやってきた若い牧師だった。彼は、キリストの愛について語り始めた。
「『キリストの愛がわたしたちに強いる』と使徒パウロは書いています」
牧師の声は、礼拝堂の高い天井に吸い込まれそうだった。
「強いる、と。これは、優しい勧めではない。流れるような情感でもない。これは…一種の決断の力です。水が岩を穿つように、キリストの愛は私たちの判断を、私たちの生き方を、根本から変えてしまう力なのです」
マタイは、手に持った聖書の革表紙を撫でた。その言葉が、胸の奥の錆びた何かに触れた。彼は長い間、信仰を「守るもの」だと考えていた。古い椅子を修理するように、自分の正しさ、自分の行いを繕い続けることだと思っていた。しかし、もしキリストの愛が「強いる」ものなら?それは、受動的に守るものではなく、むしろ否応なく前に押し出される力ではないのか。彼は、自分が長年抱えてきた後悔の重さを、もう一度感じた。それらは、まるで別の種類の荷物のようだった。自分で背負い、整理し、隠さなければならない荷物。
集会の後、マタイは一人残って祭壇の前で佇んだ。ステンドグラスから差し込む夕暮れの光が、床に赤と青の宝石を散らした。彼は祈った。言葉にならない、うめきのような祈り。すると、その時だった。後悔の記憶が一つ、また一つと、静かに積み上がるのではなく、どこかへ流れ去る感覚があった。消えるのではない。赦されている、という確信が、重い荷物の紐を解くように、彼の内側でほどけ始めたのだ。それは、感情の高揚ではない。むしろ、深い、静かな認識だった。『もし人がキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなった』。
彼は、自分が何かを「守って」いると考えるのを、やめた。彼は、愛に「強いられて」立っていた。古い契約の帳簿は閉じられ、新しい関係が始まっていた。それは、彼の老いも、痛みも、過去の過ちも、その愛の前では違った色合いを持つものへと変わった。
数週間後、マタイは工房で最後の仕上げをしていた。椅子は、もはや完全に元通りではない。継ぎ接ぎの痕は残っている。だが、それは確かにしっかりと、地に足をつけていた。彼は、ヨシュアを呼んだ。
「これで、もう少し長く使えるだろう」
「きれいに直ったね、お爺ちゃん」
「ああ。でも、いつかは壊れる。それでもいいんだ」
彼は少年の肩に手を置いた。
「お爺ちゃんはな、この椅子を長持ちさせようとしてきた。でも本当に必要なのは、新しい家が準備されていることを信じて、今ここで、この椅子に座る人を歓迎することかもしれない。神さまは、私たちに『和解の務め』をゆだねてくださった。つなぎ合わせる務めだ。人と人を、そして何より、人と神さまを」
ヨシュアは理解できたかどうかわからない表情をしたが、黙ってうなずいた。
マタイは、再び腰の痛みを感じた。地上の幕屋は、確かに衰えていた。風雨にさらされ、軋み、いつか崩れる時を刻々と近づけている。しかし彼は今、その幕屋を違った目で見ていた。仮の住まいではあるが、その中に宿るものは、永遠に朽ちない。その幕屋で、彼は和解を語り、愛に強いられて歩み続ける。やがて幕屋が取り払われる日まで。その時、彼は初めて、人の手によらない、天からの建物に迎え入れられることを信じて。
裏庭では、沈丁花が静かに散り始めていた。花びらが土に還るその下で、目に見えぬ種は、すでに新しい命の時を待っていた。




