聖書

神の子と人の娘、そしてノアの箱舟

地上に人の数が増え始めた頃、ある日、男たちの娘たちが穀物を摘みに野に出ていた。陽射しは穏やかで、風は草の匂いを運んでくる。彼女たちは笑い声を上げ、何も知らずにいた。遠くの山肌には霞がかかり、世界は一見、平和に見えた。

その時、空の彼方から影が落ちた。神の子らと呼ばれる者たちが、地に降り立った。彼らは人の娘たちの姿を見、その美しさに目を奪われた。肌は陽に焼け、瞳は生き生きと輝いている。一人の神の子が、娘に近寄った。娘は恐れ、一歩後ずさったが、彼の目には人のそれとは違う、深く古い光が宿っていた。言葉を交わすうちに、恐れは好奇心に変わり、やがて彼女は彼に手を伸ばした。こうして、神の子らは人の娘たちを妻に迎え、子をもうけた。その子らは地上で力強い者となった。彼らはネフィリムと呼ばれ、昔からの勇士として名を馳せた。背は高く、腕は太く、普通の人間では為し得ない業を軽々とこなした。人々は彼らを畏れ、また羨んだ。ネフィリムの存在は、次第に地の秩序を歪めていった。

時が経つにつれ、人の心には闇が巣食った。ネフィリムの力は、時に暴虐として振るわれた。弱き者を踏みにじり、欲するままに奪い取る。それを見て、普通の人間たちもまた、悪へと傾いていった。道端では偽りがまかり通り、隣人は隣人を欺いた。夜ごと、酒宴と争いの声が巷に響く。かつて野原にあった笑い声は、今や怒号や泣き叫ぶ声に消されていた。父は子を顧みず、子は父を蔑ろにした。血はあたかも水のように流された。地上に満ちた悪は、腐臭のように立ち込め、天にまで届きそうだった。

主はこれらを深く見られた。人の心に蔓延る悪、その思い図ることがことごとく悪に傾くのを。主の心は痛みで満たされた。かつて造られた地は、今や嘆きに満ち、罪に汚されている。主は言われた。「わたしが創造した人を地からぬぐい去ろう。人も、家畜も、這うものも、空の鳥までも。わたしはこれらを造ったことを悔いる。」

しかし、その中に一つだけ、異なる光があった。ノアという名の男である。ノアは主の目に恵みを得ていた。彼はその時代にあって、正しい人であり、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。彼は日々、静かに畑を耕し、家族を養った。周囲がどれほど騒がしくても、ノアは穏やかな表情を崩さない。夜には星空を仰ぎ、黙って祈りをささげる。彼の帳舎には、隣人から逃れて来た弱者が身を寄せることもあった。ノアは彼らにパンを分け与え、傷を癒した。彼の義は、派手なものではなかった。ただ、日々の小さな選択の積み重ねで、揺るぎない道を歩んでいた。

ある夕暮れ、ノアが丘の上に一人立っていると、風が急に凪いだ。雲の切れ間から、鈍い光が差し込む。その時、声が聞こえた。言葉ではない、心に直接響く響きである。主の霊がノアに臨んだ。主は言われた。「地は暴虐で満ちている。見よ、わたしは地のすべての肉なるものを滅ぼす決断をした。しかし、ノア、わたしはあなたと契約を立てよう。あなたは家族と共に、箱舟を建てよ。杉材を使い、部屋を設け、内と外を木の脂で塗り固めよ。」

ノアは俯いて地を見た。遠くの町には、かすかに火の光が揺れ、笑い声ならぬ、喚く声が風に乗ってくる。彼は深く息を吸った。胸の中に、重い悲しみと、畏れの混じった決意が広がった。主の声は続いた。「わたしは地に洪水を送り、天の下で息あるすべてのものを滅ぼす。しかし、箱舟の中にあなたを迎え入れよう。あなたと、あなたの息子たち、あなたの妻、息子たちの妻を。すべての生き物から、二つずつを箱舟に連れて入り、命を保たせよ。」

ノアはうなずいた。言葉はなかった。彼はゆっくりと丘を下り、家路についた。足元の小石が転がる音だけが、静寂を破る。西の空には、巨大な黒い雲の塊が湧き上がり始めていた。まだ遠いが、確かに迫ってくる気配がある。ノアは振り返らず、まっすぐ前を見て歩いた。これから長い、孤独な仕事が始まる。嘲笑われ、疑われながらも、彼はただ一つ、聞いた声に従うだけである。地の果てまで響く雷鳴のように、神の悔いは既に定まっていた。しかし、箱舟という小さな希望は、ノアの肩に、静かに降りていた。

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