北の王国の空は、いつもより重く垂れ込めていた。通りを歩くホセアの足取りには、いつもの預言者の確かさではなく、深い疲労がにじんでいた。祭壇から聞こえる羊の鳴き声は、かつては捧げ物の清らかな響きだったが、今ではただ、取引の駆け引きのように耳に刺さった。彼は目を上げ、サマリアの丘を見つめた。そこには、王が新たに鋳造させたという金の子牛像が、異様な輝きを放って建てられている。朝もやの中でぼんやりと光るその輪郭は、ホセアには、国そのものが患っている腫れ物のように見えた。
「彼らは口でわたしに叫び、『我らの神よ。我らイスラエルは、あなたを知っています』と言う」
ホセアの唇が微かに動いた。人々が神殿の前で唱えるその言葉は、もう何年も、中身のない貝殻のようだった。知っている? ああ、主を。ならば、なぜこの子牛を? なぜ、アッシリアの使者がひそひそと王宮に出入りするのを見て見ぬふりをするのか。契約は、割れる陶器のようになってしまった。彼らは「われわれは王を持たない」と宣言しながら、実は自分たちで王を立て、わたしはそれを認めない、と主は言われる。政治的な駆け引き、外国の軍事力への依存、そして何より、この手で作った神々へのすがりつき。すべてが絡み合い、一つの大きな背信のうなり声となって国中に響いている。
彼は市場の縁に立った。商人たちがエフライムからもたらされた小麦をはかりにかけている。豊作だ、と誰もが喜んでいる。しかしホセアには見える。その豊かさが、実は脆い砂の台の上に築かれていることが。主は言われる。「彼らは風をまき、つむじ風を刈り取る。立ち穂はない。できた実は粉を出さない。仮に出したとしても、異邦人がそれを食い尽くすだろう」。彼らが頼る同盟は、いずれ彼ら自身を飲み込む風だ。エジプトへの頼み、アッシリアへの媚び。それは、病気の者が毒を薬と信じて飲むようなもの。一時の安心が、体を確実に蝕んでいく。
突然、遠くで角笛の音がした。警報か、あるいは祭りの合図か。ホセアは思った。彼らは角笛を吹くが、それは主との契約の合図ではなく、自分たちの恐怖を誤魔化すための騒音に過ぎない。国は、もはや一枚岩ではない。指導者たちは、民を養うどころか、分裂の種を撒き続けている。祭司たちは、律法の細部について議論しているふりをしながら、実は子牛の像の前でどのように儀式を行うかについて、熱心に語り合っている。何という倒錯。彼らは銀や金で精巧な偶像を造り上げ、「これが我らをエジプトから連れ上った神だ」と宣言する。愚かさにもほどがある。工匠の手仕事が、天地を創造された方を置き換えられると思うのか。
ホセアはうつむき、乾いた土の上に小さな枝を落とした。彼は主の声を、骨の髄まで響く重い響きとして感じた。「彼らの悪のゆえに、わたしは彼らを覚える。彼らの罪をとがめる」。覚える、という言葉が、ホセアの胸に鋭く突き刺さった。それは、愛する者が犯した過ちを、細部まで忘れられずにいる苦痛のようなものだ。イスラエルは、若い頃の純粋な愛の日々を、自分から捨ててしまった。まるで、野いちごのようにどこにでもある平凡な偶像を、宝物として抱きしめているように。
そして、裁きは避けられない。ホセアの心に、一つの映像が浮かんだ。散らされた種。蒔かれたところで、根を下ろすこともなく、風に吹かれてしまう種。エフライムは、諸国の民の中に散らされ、吸い取られてしまう。彼らが異邦の地で造る祭壇も、もはや罪を贖うものではなく、ただ自分たちの愚行の記念碑となる。彼らは多く祭壇を築いて罪のためのものとした。それが、いまや彼らへのさばきのための祭壇となる。
ホセアは最後にもう一度、丘の上の金色の輝きを見上げた。夕日がそれを照らし、一時的で空虚な美しさを演出している。しかし、やがて来るのは、火だ。主の言葉が彼の内で結晶した。「彼らの労苦はむだになる。わたしの家のための彼らの労苦は、彼らを飽きさせ、罪を犯させるだけだ」。彼らが国を守るために苦心して築いた城壁も、頼みとした同盟も、すべてはやがて逆火する。彼らが風をまいたのだ。つむじ風が彼ら自身を襲う時、誰もそれを止めることはできない。
彼はゆっくりと歩き出した。背中に、消えゆく王国の重い影が伸びていた。物語は終わらない。裁きの先には、それでも、契約を完全には消し去れない主の痛みがある。しかし今、この瞬間、サマリアの通りには、その痛みを理解する者はほとんどいない。祭壇の煙だけが、真実を知っているかのように、まっすぐに、そして悲しげに、灰色の空へと昇っていった。




