エルサレムの石壁が、午後の強い日差しで白く焼けているように見えた。都の喧騒は、王宮の高く厚い壁を透かして、鈍い波の音のように届くばかりだった。宮殿の奥、日陰になった中庭には、かろうじて涼しい風が通り抜け、ざくろの木の葉をかすかに揺らしていた。
「アドナムよ、お前の言葉は鋭すぎる」
老いた大臣ツァドクは、腰を下ろしたまま、若い側近を見つめて言った。その声には、長年の宮廷生活で磨かれた、疲労と諦観がにじんでいた。
アドナムは、王が下したばかりの判決に対する不満を、興奮した口調で訴えていた。彼の額には汗が光り、握りしめた拳が震えていた。「ツァドク様、これは正義ではありません。あの商人は明らかに弱者を踏みにじって富を築いた。それなのに王は、彼にわずかな罰金を課しただけです。この判決が都に知れ渡れば、不正を働く者たちが、ますます増長するでしょう」
ツァドクは、深く刻まれた額の皺をいっそう深くした。「王は、商人が神殿への多額の寄進を約束したことを考慮したのだ。宮廷の財庫は、祭りを前にしてからっぽに近い。お前の言う『正義』だけでは、この宮殿は維持できぬ」
「それでは、富める者が常に正しい側に立つことになってしまいます!」
若者の声が、静かな中庭に鋭く響いた。庭の隅で水を運ぶ下僕が、はっとしたように一瞬動きを止めた。
ツァドクはゆっくりと立ち上がり、ざくろの木の幹に手をあてがった。その実は、まだ青く、堅かった。「お前は、箴言を学んだか。『人がその罪を覆い隠すときは、栄えることがない。しかし、それを告白して離れるときは、あわれみを受ける』。王は、その商人に悔い改めの機会を与えたのだ。金銭的な償いも、ひとつの形であろう。」
アドナムは首を振った。「しかし、『正しい者が増せば、民は喜ぶ。悪しき者が治めれば、民はうめく』とも書かれています。民は、王のこの寛大さを、弱さと見るかもしれません」
ふいに、二人の頭上で、小鳥の群れがばさりと羽音を立てて飛び立った。何かの気配に驚いたのだろう。ツァドクはその音に耳を傾けながら、言った。「お前は、戒めを聞いて心を留める者か。それとも、叱責を聞いて、愚かさに陥る者か。今の王は、かつての王とは違う。先王の時代、都には密告が横行し、わずかな疑いで人々が捕らえられた。王は、その過ちを繰り返したくないのだ。」
アドナムは、言葉を失った。先王の治世の末期、彼はまだ少年だった。父が、商売上の敵対者からの不当な告発によって三日間牢に繋がれたことを、かすかに覚えていた。その時の家の重苦しい沈黙と、母の泣き腫らした目。
ツァドクの声は、さらに低くなった。「『暴君が地を治めると、民はうめく』。これは、単に残酷な支配者のことだけを言っているのではない。善悪をわきまえず、熱情だけで断罪する者も、また民を苦しめる。お前の正義感は尊い。だが、それだけがすべてではない。知恵とは、時には寛容さであり、時には待つことである。」
その言葉を聞いているうちに、アドナムの心の高ぶりは、少しずつ沈静化していった。代わりに、自分が王の判断を、あまりに浅はかに断じていたのではないか、という疑念が頭をもたげた。彼は、中庭の敷石の隙間からひょろりと伸びた一本の雑草を見つめた。誰にも気づかれず、それでいて確かに生きている。
数日後、アドナムは都の市場で、あの判決を受けた商人を見かけた。以前は傲慢な態度で知られた男が、小麦粉を運ぶ老人の荷車が溝にはまり込んだのを見ると、さっと近寄り、黙って車輪を押し上げていた。それを見た周りの人々の目は、冷たさよりも驚きに満ちていた。男は無言でうなずき、再び店へと消えて行った。
その夜、アドナムは王宮の屋上に登った。エルサレムの家々に灯る無数のあかりが、闇の中に宝石のように散らばっていた。遠くから、レビ人の詠う詩篇のかすかな調べが風に乗ってきた。
彼は、ツァドクの言葉を反芻した。「叱責を聞く者」。彼は、自分の正義が、実は自分自身の高ぶりに過ぎなかったのではないか、と考えるようになっていた。確かに、商人は罰を逃れたかもしれない。しかし、彼の行った行為は、彼自身の魂に、何かを刻みつけたに違いない。それが見える者には見え、見えない者には見えない。裁きは、最終的には天に属する。
「『人の怒りは神の義を全たさない』」
彼は、そっと独り言を呟いた。自分の内に沸き上がる憤りが、神の計画全体の中で、いかに小さく、いかにもろいものであるかを、痛感せずにはいられなかった。彼は、自分が王の判決を非難した時の、あの確信に満ちた態度を恥じた。あの時の彼は、まさに箴言が警告する、「自分の道をまっすぐとする者」、つまり自分こそが正しいと信じて疑わない愚か者ではなかったか。
翌朝、彼はツァドクの部屋を訪れ、深々と頭を下げた。「あの時は、浅慮な発言をいたしました。戒めを聞いて、心を留めます」
老大臣は、何も言わず、にっこりと笑った。その目には、深い理解の色が浮かんでいた。それから彼は、机の上にあった粘土板を指さした。「今日、北方の村から訴えが届いた。水の権利をめぐる争いだ。お前とともに、この件を調べに行ってはもらえぬか。ただし、すぐに結論を出す必要はない。まずは、よく耳を傾けることだ。」
アドナムは、深く息を吸い込んだ。中庭を抜ける風が、再びざくろの木を通り過ぎて行った。青い実は、ほんの少し、赤みを帯び始めているように見えた。彼は、答えを急がず、真実を見極めるための長い道のりが、今、始まろうとしていることを感じた。それは、単に事件を解決する道だけではない。自分自身の心の中の、正義と憐れみ、熱情と知恵がせめぎ合う、静かで果てしない道のりでもあった。彼は、目を上げてうなずいた。その瞳には、以前のような燃えるような光ではなく、揺らめく灯火のように、深く、静かな決意が宿っていた。




