西暦九十六年、秋も深まりかけたころ。小アジアの沿岸は、エーゲ海から吹きつける風に、すでに冬の気配を孕んでいた。エペソスの港には、各地から運ばれた物資を積んだ船がひしめき、埠頭では荷揚げ人夫の掛け声が絶えなかった。その喧騒のただ中に、ヨハネという名の老いた男が佇んでいた。彼は粗末な羊皮の外套をまとい、風に翻られる白髪を気にする様子もなく、港を見下ろす丘の方へとゆっくりと歩を進めた。
丘の上には、アルテミス神殿の廃墟が、過ぎ去った栄華を無言で物語っている。ヨハネはそこを通り過ぎ、町外れの簡素な家屋に向かった。家の中は、オリーブ油のランプの灯りだけが仄かに床を照らし、湿った土と羊皮紙の匂いが混ざり合っていた。彼は粗削りの木の机に向かい、筆を執った。かつては漁師だったその手は、今では羊皮紙に細かく震える文字を記すために用いられた。彼は、パトモスの島で見た幻、そして主から委ねられた言葉を、七つの教会へと書き送る使命に駆られていた。
まずは、このエペソスの教会へ。
「エペソスにある教会の使者に書き送れ」。筆先がすすむ。彼の脳裏には、この町の信徒たちの顔が浮かぶ。熱心に奉仕する者、異端の教えと戦う者、忍耐強く主の名を守り続ける者たち。彼は記す。「あなたのわざ、労苦、忍耐を知っている。また、あなたが悪い者たちを忍びきれず…」。しかし、筆は一瞬止まる。彼はため息をつく。主が語られた言葉の重さを、そのままにしなければならない。「しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった」。
ヨハネは目を閉じ、かつてこの町で共に福音を伝えた人々、情熱に満ちた祈りの夜を思い出す。初めの愛。それは、何ものにも代えがたい、主との新鮮な出会いの喜びであった。律法や教理の正しさを守ることよりも前にあったもの。彼は続ける。「だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めのわざを行いなさい」。言葉は厳しいが、底流にあるのは、遠くで子を想う親のような切なる思いだった。「もしそうしないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り外そう」。書き終えると、彼は巻物を脇に置き、窓の外の闇を見つめた。町にはまだ灯りがともり、人々の生活の気配が漂ってくる。彼は祈った。この言葉が、硬くなった土を打ち、その下に眠る命の種を呼び覚ます雨となりますように。
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次の手紙は、スミルナへ。海沿いの美しい町だが、信徒たちはユダヤ人からの誹謗と、ローマへの忠誠を強要される圧力の板挟みにあっていた。ヨハネの言葉は、慰めと励ましに満ちていた。「あなたの苦難と貧しさとを知っている…しかし、実際はあなたは富んでいる」。彼は、彼らが直面している「十日間の試練」、つまり短くとも激しい迫害の時期について記す。そして、「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう」という約束を書きつけた。ここには、責めも勧めもない。ただ、信じる者と共におられ、死をも征服された方の確かな約束だけがあった。彼は、スミルナで知っている数人の信徒の名を心に思い浮かべ、彼らの不安と決意を思って、胸が熱くなった。
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三つ目の巻物は、ペルガモへ。この町は、巨大なゼウスの祭壇がそびえ、「サタンの座があるところ」と主が呼ばれた地である。ヨジアとアンテパスという忠実な証人の名を記しながら、ヨハネの表情は険しくなる。ここには、バラムの教えのように、偶像の神に捧げた肉を食べることや、不品行を当然とする異教の習慣に妥協する者たちが入り込んでいた。「悔い改めなさい。さもないと、わたしはすぐにあなたのところに行き…」。主の剣、すなわち真理のことばが、この混乱を切り分けると記すとき、彼の筆遣いは力強くなった。真理は、時に優しい慰めの言葉として、時に誤りを断ち切る鋭い刃として現れる。ペルガモの教会は、その両方が必要とされていた。
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最後に、彼はティアティラへ向けた長い手紙に取りかかった。この町の教会は、愛と信仰と奉仕と忍耐に富んでいた。ヨハネは、その良い評判を詳しく記す。しかし、ここにも深刻な問題があった。イゼベルと呼ばれる女預言者が、信徒たちを惑わし、深いサタンの教えへと導いていた。彼女は、預言者の名を持ちながら、ニコライ派の不品行と偶像礼拝を許容していた。「悔い改める機会を与えたが、彼女はその不品行を悔い改めようとしない」。ヨハネの筆は重い。この警告は、イゼベルだけでなく、彼女の教えに従うすべての者に向けられていた。しかし、その中で、この教えを受け入れず、サタンの「深いもの」を知らないほかの者たちへは、温かい眼差しが向けられる。「あなたがたには、ほかの重荷を負わせない。ただ、しっかりと持っているものを、わたしが行くときまで保ちなさい」。そして、勝利を得る者、最後までわざを守り抜く者には、「朝の星」を与えるという約束が記された。それは、やがて来る新しい夜明け、主ご自身の輝きを表していた。
書き終えたヨハネは、すべての巻物を前に並べた。机の上のランプの炎が、羊皮紙の上でゆらめき、文字に陰影を与える。四つの教会、四つの状況、四つのメッセージ。それは、勧めと叱責、慰めと警告が織りなす、一つの調和した織物のようであった。彼は疲れを覚えたが、心は不思議と静かだった。これらの言葉が、小アジアの七つの燭台へと運ばれ、それぞれの場所で、揺らめくともしびを守り、あるいは再び灯す光となって働きますように。
外では、夜風が強まっていた。エーゲ海の潮風が、丘を越え、家の壁を揺らす。やがて、すべての教会に、主の目が注がれているという確信が、この老いた使徒のうちに満ちてきた。彼はランプの灯りを消さず、黙って闇の中に座り、遠く離れた兄弟姉妹たちのための、静かな祈りを捧げ続けたのである。



