荒野の風は、冷たく乾いていたが、この日ばかりは、そこに一種の温もりが漂っているようだった。幕屋が完成してから七日目。亜麻の白い布とやぎの毛の覆いで形作られた聖なる空間は、既に神の栄光で満たされていたが、今、もう一つの奉献の時が訪れようとしていた。朝もやが砂岩の台地を覆う中、モーセは幕屋の入口の前に立ち、遠くから近づく人影の群れを見つめていた。彼らの肩には重そうな担ぎ棒がかかり、その先に揺れる供え物の器が朝日にきらめいた。
最初の日。ユダの部族の長、ナフションが先頭に立って進み出た。彼の歩幅は大きく、確かで、砂の上に深く跡を残した。彼の背後には、若い者たちが銀の皿や鉢を丁寧に運んでいる。皿は磨き抜かれており、曇り一つない銀面に空の青がくっきりと映っていた。重さは百三十シケルもあるという。彼がそれを祭壇の前に静かに置く時、その手のひらには、長い旅路でできた豆の痕がくっきりと浮かんでいた。同じ重さの銀の鉢、七十シケル。中には、油を混ぜた細かい麦粉が満たされ、ほのかな穀物の香りが立ち昇る。そして金の器。ほんの十シケルと小ぶりだが、そこに納められた乳香の香りは鋭く、清々しく、荒野の空気を一瞬で変えた。彼は一言も発さず、深く頭を垂れる。その姿勢には、部族を代表する者の誇りと、この場に立つことへの恐れ多い思いが、等しくにじんでいた。
続く雄牛、雄羊、子羊、雄やぎの奉献。生きている動物たちの息遣い、革の匂い、それらを縛る縄の軋む音。祭壇の前でそれらが屠られる時、ナフションの目はしっかりと幕屋の入口を見据えていた。炎が肉を包み、脂の煙が立ち上る。その煙は真っ直ぐに、ゆらゆらと天へと伸びていった。彼の奉献が終わると、周囲にいた民たちから、かすため息のような、安堵の息づかいが漏れた。同じことが十二日間、繰り返されるのだ。
二日目はイッサカルの長、ネタネル。彼は背が低く、がっしりとした体つきで、歩みも穏やかだった。運ばれてくる銀の皿や鉢は、寸法も重さも全く同じ。だが、彼がそれらを置く所作は、少し違っていた。器の縁を親指でそっとなぞり、位置を微調整する。ほこり一つかけないように、という配慮か。あるいは、この決められた奉献の形式の中に、自分なりの誠意を込めようとする苦心か。金の器から漂う乳香の香りも、さっきと変わらない。しかし、風向きが変わったせいか、ほのかに甘く、祈りのように人々の間を巡った。
三日目はゼブルンの長、エリアブ。四日目はルベンの長、エリツル。日が経つにつれ、同じ光景が繰り返される。だが、繰り返しの中にも、わずかな違いがあった。朝日の角度、風の強さ、運んでくる若者たちの表情。ある日は雲が広がり、銀の器が鈍い光を放った。またある日は砂嵐が近づき、供え物を覆う布が激しくはためいた。各部族の長の性格も、僅かに表れた。素早くて無骨な者、丁寧で几帳面な者、沈黙を貫く者、短く祈りの言葉をつぶやく者。
六日目、七日目。奉献の列は途切れることなく続く。幕屋の前の砂地は、多くの足跡で埋め尽くされ、祭壇の周りの灰は毎日丁寧に片付けられ、また新しい灰で覆われていった。モーセは毎日、同じ場所に立ち、一つ一つの奉献を見守る。彼の目には、単調な繰り返しではなく、十二の部族という、一つでありながら多様な民の、等しい誓いが映っていた。同じ銀の皿。同じ重さ。だが、それを持って来る部族の歴史も、苦難も、将来への望みも、それぞれに異なる。そのすべてが、同じ形の器に込められ、等しく神の前に差し出される。そこに、荒野を旅する共同体の真実があった。
十二日目。最後はナフタリの長、アヒラの番だ。若く見える彼は、緊張で肩が少し上がっている。これまで十一の部族が同じ奉献を行った。彼の番が回ってくるまで、彼は毎日それを観察し、心の中で手順を確かめていたに違いない。銀の皿を運び、置く。その時、彼の額に一粒の汗が光った。同じ重さの銀の鉢。中身の穀物のささげ物は、今日も変わらず豊かだ。金の器。乳香の香りは、彼が蓋を開けるまで閉じ込められていたためか、一際強く広がった。動物たちの奉献。彼の手は、ややぎを縛る時にわずかに震えた。
すべてが終わった。十二日間。十二の部族。同じ奉献が、等しく、完結した。
静寂が訪れた。人々のざわめきも、動物の声も、今はない。ただ、荒野の風が幕屋の覆いを優しく揺らす音だけが聞こえる。その時、モーセは幕屋の中に入り、至聖所の前にある契約の箱に近づこうとした。すると――彼は耳を澄ませた。声が聞こえるのではない。むしろ、声のない響きと言おうか。幕屋の内部、贖いの蓋の上から、彼に語りかけるものがある。それは、かつてシナイ山で聞いたあの声とは違う。深く、静かで、まるでこれらの銀や金の器そのものが発する共鳴のようだった。
彼は外へ出て、集まったすべての民の前で告げた。声は枯れていたが、確かな力があった。
「主はお受け取りになった」
それだけだった。だが、その言葉と共に、十二日間にわたって積み重ねられたすべての奉献――重い銀も、香る乳香も、無言で捧げられた命も――が、一つにまとまり、天へと届いたことが、誰の目にも明らかだった。人々は互いを見交わし、そしてゆっくりとそれぞれの天幕へと帰って行った。担ぎ棒は軽くなり、心は満たされていた。
夕暮れ時、祭壇からは最後の煙が細く立ち昇り、まだほのかに乳香の余韻が漂っていた。砂の上に残された無数の足跡は、やがて夜の風で消されるだろう。だが、この十二日間の等しい奉献の記憶は、この民の歩みの中に、決して消えることなく刻まれた。一つ一つの器は同じ形であっても、それを運んだ手は違った。同じ重さであっても、それを支えた肩の記憶はそれぞれに深い。神の前では等しく、しかし等しいが故に、一つ一つの奉献の重みが光を放つ。幕屋は静かに荒野の真ん中に立ち、次の旅路への備えを、寂しげではなく、豊かな満ち足りた静けさで待ち受けていた。




