埃が舞う小アジアの道を、わたしは歩いていた。足元の石の温もりが、革のサンダルを通じて伝わってくる。同行するテトスは、ずっと黙っていた。コリントからの返書を懐に抱えながら。あの町の信徒たちの、あの声なき問いかけが、わたしの胸の中で渦を巻いていた。彼らは書いてきた。「パウロ、あなたの使徒としての務めは、なぜこれほどまでに苦難に満ちているのか。神の力は、どこにあるのか。」
風が吹き、野生のオリーブの木々がざわめいた。まるで、その問いそのもののように。
思い起こすのは、あのコリントでの日々だ。会堂で語り、異邦人の家で語り、路上で語った。ある日、ローマの役人に追い立てられ、ある日には同胞から石を投げられ。夜は、ティモテオスの家で、傷を洗い合った。その手は、天幕造りの仕事で固くなり、節くれ立っていた。その手で、パンを取り、裂き、「これはわたしたちの罪のための、キリストの体である」と宣言した。
テトスがふと口を開いた。「先生。彼らは、あなたの弱さを嘲ります」
「そうだな」わたしは道端の石に腰を下ろし、水筒の口を緩めた。「彼らが見ているのは、わたしの外側だけだ。投獄され、殴打され、暴動に巻き込まれ、飢え、粗末な衣服に身を包む、この体だけを」
西日が山肌を茜色に染め始めていた。遠くで羊の鈴の音がかすかに聞こえる。静けさの中に、言葉が湧き上がってきた。あの返事を書かねばならない。インクと羊皮紙ではなく、この身をもって綴ってきた言葉で。
「テトスよ、わたしたちは今、神の働き手なのだ」わたしはゆっくりと語り始めた。「この苦難の只中で、まさにこの時に。わたしは彼らに書こう。忍耐について。患難について。窮乏について。そして、それらの中にあっても、わたしたちが汚れたものによってではなく、純潔と知識と寛容と真心によって、聖霊と偽りのない愛と真理の言葉によって、神の力によって生きていることを」
テトスの目が、微かに輝いた。彼は理解し始めていた。神の栄光とは、人間的な成功の輝きとは似ても似つかないものだということを。それは、打ち砕かれた粘土の器の、ひび割れから漏れ出る光のようなものだ。外側の器は見苦しくても、中にあるものは計り知れない。
「だが、彼らは言うでしょう」テトスはためらいがちに続けた。「『なぜ、わたしたちはあなたの言葉に従わねばならないのか。あなたの人生には、栄光のかけらもないではないか』と」
その時、かつてアテネで出会った、あるギリシア人哲学者の顔が脳裏をよぎった。彼は絹の衣をまとい、整った論理をもって、復活などというものを嘲笑った。「パウロよ、あなたの神は、なぜその愛する者を救わない? なぜ苦しみに委ねる?」
わたしは立ち上がり、再び歩き始めた。答えは、歩くこの足取りの中にあった。苦しみの中にありながら、止まることなく前進するこの歩みそのものに。
「テトスよ、聞いてくれ。わたしたちは、キリストの使者なのだ。神がわたしたちを通して懇願しておられる。神の恵みを無駄にせず、今、この救いの時に与えられていることを。わたしは彼らに、こう証しする。わたしはどんな場合にも、だれにも、つまずきの原因となるようなことは何ひとつしていない。それは、この務めが誹謗されないためだ」
そして、核心がやってくる。あの、鋭く、そして愛に満ちた言葉が、唇に上る。
「わたしたちは、あらゆる苦難に耐えている。それでも、わたしたちの心の門は、あなたがたコリントの人々に対しては大きく開かれている」
歩きながら、コリントの信徒たち一人ひとりの顔が思い浮かんだ。肉欲に溺れていた者、偶像の前で彷徨っていた者、富に心を奪われていた者。彼らは今、ある者は真実に、ある者はまだ未熟に、キリストを信じている。わたしの胸は、彼らへの愛で張り裂けんばかりだった。同時に、鋭い悲しみが心を刺す。彼らのうちの何人かが、まだこの世の価値観に深く足を取られていることを知っているからだ。
「テトス、取ってくれ」わたしは革の袋を指さした。彼が取り出したのは、くびきの一部だった。二頭の牛を並べて繋ぐ、あの横木。わたしはそれを手に取り、その重さを確かめた。
「不信者と、つり合わないくびきを共にしてはならない。義と不義とに、どんな交わりがあるか。光と闇とに、どんな一致があるか」
言葉が、ただの教えではなく、この地を歩む者たちへの切実な祈りとなって溢れ出る。彼らが、この世の価値観、偶像礼拝、不道徳、貪欲という、キリストとの共に歩むには重すぎる荷物を、まだ背負っているのを知っているからだ。それは、彼らの魂を、ゆっくりと、しかし確実に窒息させていく。
「だから、彼らの中から出て、離れよ、と主は言われる。汚れたものに触れるな。そうすれば、わたしはあなたがたを受け入れ、あなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる」
最後の一語が、夕闇に吸い込まれていった。その言葉は、単なる命令ではなく、約束だった。離れることは、孤立ではなく、真の家族への招きなのだ。わたし自身が、かつて律法という重いくびきの下から、キリストの軽いくびきへと招き入れられたように。
テトスが深く息を吸った。「先生、その言葉は…厳しすぎはしないでしょうか」
「愛は、時に厳しくある」わたしは答えた。「偽りの和合よりも、真実の分離を選ぶ。それは、彼らが真の光の中に立ち、やがて神の住まいとされるためだ」
わたしたちは、小さな宿屋にたどり着いた。扉は開かれていた。まるで、わたしがコリントの人々に対して開き続けている心のようだ。中では、老婆が灯りを灯そうとしていた。一筋の煙が揺らめき、闇を押しのける。小さな、しかし確かな光。
羊皮紙を広げ、葦のペンを手に取る時がきた。インク壺の傍らで、テトスが座って見守っている。わたしは書き始める。
「コリントにいる神の教会へ…」
そして、この長い一日のすべて、この旅路のすべて、この身に刻まれた傷のすべてが、一つの確信へと凝縮されていく。わたしは、この苦難の時を、神の働き手として生きている。今、この瞬間を。それは、恵みの時であり、救いの時なのだ。この手紙が、単なる言葉ではなく、わたし自身の生き様そのものとして、彼らのもとに届きますように。闇の中で、光として輝く者たちへと、彼らが整えられていきますように。
ペン先が、羊皮紙の上を滑る。最初の一滴のインクが、星のように滲んでいった。




