聖書

嗣業の礎

ギルガルの宿営には、夕暮れの風がほのかに野原の草の香りを運んでくる。ヨシュアは肩にかけていた羊毛の外套を少し緩め、粗末な机の上に広げられた羊皮紙のリストを見下ろした。彼の目には、長年の砂漠の太陽によって刻まれた深い皺が、今、柔らかいランプの光に浮かび上がっていた。ふと、遠くで兵士たちが焚き火を囲んで歌う声が聞こえる。勝利の歌だ。だが彼の胸には、その歌以上に重い、言葉にならない感慨が満ちていた。

羊皮紙には、名前が列記されていた。単なる王たちの名、そして町々の名。しかし、一つ一つが、血と土と祈りが交錯した記憶の錨となって、彼の心の深みに沈んでいく。インクの染みさえ、あの日々の汗や雨のしずくを思い起こさせた。

最初に目に入るのは、ヨルダン川の向こう側、日の昇る方で戦った王たちの記録である。アモリ人の王シホン。その名を目にしただけで、ヨシュアはあの広大な荒れ野を進軍した時の砂塵の味を思い出した。民はシホンの領地を通らせてくれと懇願した。平和的に。しかしシホンの心は頑なで、むしろ全軍を率いてイスラエルを迎え撃ちに来た。戦いは、ヤハゼで起こった。イスラエルの兵士たちの顔には、初めての大規模な戦いへの不安が刻まれていた。彼らは奴隷の民であった。戦いの仕方を知らない。しかし、主がヨシュアに告げられた。「恐れてはならない。わたしが彼をあなたの手に渡す。」 その言葉が、揺るぎない岩となって彼を支えた。戦いの結末は羊皮紙に簡潔に記されている。しかし、あの日のざわめき、金属のぶつかり合う音、そして勝利の後に流れた深い静寂——それらは文字にはなっていない。シホンの領地はアルノン川からヤボク川まで、荒れ野の真ん中にある町アロエルから、ギレアドの山地の半ばに及んだ。広大な土地。神が与えてくださった最初の嗣業の地だ。

そして、バシャンの王オグ。彼のことは、噂で聞いていた。レファイムの生き残りの巨人で、その鉄の寝台はあまりに大きいため、人々は驚きと恐れをもって語り継いで。オグの町エドレイでの戦いを前に、民の中にはためらいさえあった。だが主は再び言われた。「シホンについて行ったように、彼にも行え。恐れてはならない。」 あの戦いでは、オグの軍隊の巨大な盾や槍が、夕日に黒く翳り、不気味な影を落としたことを覚えている。しかし、主が戦われた。巨人の力は、神の前には無に等しかった。バシャンの地全体、その六十の城壁のある町々が、イスラエルの手に渡った。羊皮紙に記された地理的な境遇——ヘルモン山、サルカ、ゲシュル族やマアカ族の境——それらは今、彼らが守り、耕し、生きる土地となっている。

ヨシュアは目を上げ、天幕の入口から見える暗くなり始めた空を眺めた。東の地の征服は、約束の地への入り口に過ぎなかった。本当の艱難は、ヨルダンを渡ってから始まったのだ。

彼はリストの次の部分、ヨルダン川のこちら側、西の地で戦った三十一人の王たちの名に視線を移した。最初はエリコ。あの堅固な城壁。七日間、沈黙の行進が続き、ただラッパの音と足音だけが響いた。七日目、民の叫びと共に壁が崩れ落ちた時、彼は主の力が自然の理をも超えることを、骨の髄まで知った。しかし勝利の直後、アカンの罪によるアイでの敗北。あの時の挫折感と痛みは、個人的な屈辱以上に深かった。民全体が主の前に罪を犯した結果だ。しかし、それさえも主の懲らしめと赦しの内にあり、悔い改めの後、アイは陥落した。羊皮紙には「アイの王」とだけある。あの王の名は記されていない。しかしヨシュアは、その王が掛けていた紫の外套が、戦場の塵で汚れていたことをふと思い出す。

一つ一つの名前が、戦術や戦場の情景を呼び起こす。エルサレムの王、ヘブロンの王、ヤルムテの王、ラキシュの王…。南方の丘陵地帯での戦いは、まるでうねる大地そのものとの戦いのようだった。ギブオンでの奇跡。主が天から大きな雹を降らせ、さらに太陽と月に命じてとどまらせた、あの長い一日。ヨシュアは今でも、あの異常に長い日光が照りつける戦場で、敵が雹と剣によって倒れていくのを見た時の、畏怖に満ちた感覚を覚えている。「太陽よ、ギブオンの上で動きを止めよ。月よ、アヤロンの谷で。」 その祈りが通じたのは、彼自身の力ゆえでは全くなかった。主がイスラエルのために戦われたのだ。

北方の戦い、メロムの水辺での戦いも同様だ。多くの王たちが連合し、海辺の砂のように多くの軍勢が集まった。主はヨシュアに言われた。「彼らを恐れてはならない。明日の今ごろ、わたしは彼らを皆、イスラエルの前に渡す。」 そして、彼らを追撃し、馬の足の筋を切り、戦車を焼いた。ハツォル、マドン、シムロン、アクシャフ…。リストにある町々はすべて、かつては敵対する要塞だった。今では廃墟となった所もあれば、イスラエルの部族が住み始めた所もある。

ランプの火がゆらめき、羊皮紙の文字が揺れる。三十一人の王。その数は、単なる戦果の合計ではない。三十一もの頑強な意志、三十一もの城壁に守られた文化と勢力が、主の約束の前に屈服したということだ。アブラハムへの約束、モーセへの約束が、ここに具体的な形となって現れた。しかし、ヨシュアの心に去来するのは誇りではなく、深い感謝と、ある種の虚しささえだった。これらの戦いは、彼自身の武勇によるものではなかった。むしろ、主が戦われた。彼はただ、主の声に従って歩み、主の時に従って行動したに過ぎない。

ふと、若い日のことを思い出す。エジプトを出て、カデシュ・バルネアで、彼とカレブだけが、主を信じて進むべきだと主張したあの日。不信仰な世代は荒れ野で滅び、約束の地を見ることはなかった。今、このリストは、主の真実が四十年の時を経て、確かに成就した証拠だった。しかし、征服はまだ完了していない。残る地も多い。リストは勝利の記録であると同時に、未完の課題の目録でもある。

彼は羊皮紙を巻き、皮ひもでゆっくりと結んだ。天幕の外では、焚き火の音と共に、レビ族の者が夕べの祈りを捧げる声が聞こえる。「あなたの敵はあなたの手に渡される。堅固な町々も、主が与えられる。」 その言葉が、静かな夜の空気に溶けていく。

ヨシュアは立ち上がり、腰の痛みを覚えながら、天幕の外へ出た。満天の星が、かつてアブラハムに約束されたように、砂の数ほどに輝いている。この地は、まさにその嗣業なのだ。彼が戦ったすべての王、すべての戦いは、この星の下で起こった。主の御手は確かだった。これからも、残りの地を獲る日々が続く。民には、このリストに記された勝利を忘れず、主にのみ依り頼む者であってほしい。彼は深く息を吸い、冷たい夜気を胸に満たした。羊皮紙のリストは、過去の記録であると共に、未来への約束の礎として、彼のテントの中に静かに眠るのであった。

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