聖書

修復と背信の王ヨアシュ

ユダの都エルサレム。その神殿の奥深く、七歳の少年は祭司の衣の裾を握りしめていた。石の冷たさが足の裏から伝わり、常灯の油の匂い、古い巻物の革の香り―これがヨアシュの知る世界の全てだった。アタルヤの剣から逃れ、この聖なる空間に隠されてきた日々。彼にとって祭司エホヤダは、父であり、王の道を教える唯一の導き手であった。老人の手は硬く、節くれだっていたが、その手で少年の頭を撫でる時だけは、驚くほど柔らかかった。

歳月はゆっくりと流れた。ヨアシュが王座に就いてから十数年が過ぎ、頬には初めての髭が薄く影を落とす頃になった。ある春の午後、彼はエホヤダと共に神殿の境内を巡っていた。陽射しが大理石の床に斜めに差し込み、柱の影が長く伸びている。ふと、ヨアシュは足を止めた。北側の柱の基部に、雨水で浸食されたような亀裂が走っている。視線を上げれば、天井を支える梁の一部に白蟻の食んだ跡らしき窪みが見える。

「エホヤダ」ヨアシュの声は、まだ若さの残る響きを持っていた。「父なるダビデが心を砕いて築き、ソロモンが知恵を尽くして建てたこの宮。なぜ、これほどまでに傷んでいるのか」

老祭司は深く息を吸い、胸の中で祈りの言葉を呟いてから答えた。「王よ。長い間、民の心がここから離れていたのです。献げ物は形ばかり。主への畏れが、礎から滑り落ちて久しい」

その夜、ヨアシュは寝床で瞼を閉じても、あの柱の亀裂が眼の裏に浮かんで離れなかった。翌朝、彼はエホヤダを呼び、決意を告げた。「神殿を修復しよう。父ダビデの幕屋のように、主の栄光を宿す場所として」

命令は下された。祭司とレビ人を通じて、イスラエル全土から修復のための銀が集められることになった。当初は、かつてモーセが荒野で集めた奉献のように、民の心が動いた。しかし月日が経つにつれ、集まる銀は細り、工匠たちの仕事は遅々として進まない。祭司たちの中には、集めた銀を自分の手元に留め、用途を曖昧にする者さえ現れた。

三年が過ぎたある日、ヨアシュは工事現場の様子を見に来て、愕然とした。かつて亀裂の入った柱はそのまま。新しい石材は庭に積まれたきり、野草が根を下ろし始めている。エホヤダの眉間に深い皺が寄った。老人はゆっくりと王の傍らに跪き、声を潜めて言った。

「王よ。方法を変えねばなりません」

二人は深夜まで話し合った。灯芯がときどきぱちっと音を立て、壁に揺れる影が長く伸びる。次の安息日、神殿の入口に一本の大きな箱が据えられた。エホヤダ自らが民に説明する。「かつて主がモーセに命じられたように、心から進んで献げるものを、この箱に納めよ」箱には穴が開けられ、祭司の立ち会いなしに銀を投げ入れられるようになっていた。

最初は訝しげに見ていた民も、次第に動き出した。農夫は収穫の初物から得た銀貨を握りしめて来た。羊飼いは傷のない子羊を売った代金を。寡婦はかつて夫が残した唯一のデナリ銀貨を、震える手で箱の穴にかざした。こつん、と硬貨が落ちる乾いた音。その音が一日に何度も、何十日も、何ヶ月も繰り返された。

箱がいっぱいになると、王の書記官と大祭司が立ち会い、その中身を数えて工匠の長に手渡した。石切り職人はヒンロムの谷から堅い石灰岩を切り出し、木匠はレバノンから送られてきた杉材を整え、鍛冶屋は青銅の飾り金具を打ち鳴らした。槌の音、ノミの音、木材を挽く鋸の音が、神殿の丘にこだまし始めた。

工事が完成に近づいた頃、エホヤダの体調が衰え始めた。ある寒い朝、老人は礼拝の最中に倒れ、そのまま床に就いた。ヨアシュは毎日、彼の枕元に座り、国政の話をし、かつて教わった律法の言葉を一緒に読み上げた。エホヤダの声は次第にかすれ、最後の日、彼はヨアシュの手を握りしめながら囁いた。

「王よ…主の道を歩みなさい。心を尽くし…」

言葉はそこで途切れた。握りしめていた手がゆるむのを、ヨアシュは永遠のように感じた。エホヤダの葬儀は、王に準じる礼をもって営まれた。民はこぞって悲しみ、主に忠実な大祭司が去ったことを悼んだ。

喪が明けた後、宮廷の空気が変わったのに、ヨアシュはすぐには気づかなかった。エホヤダの存在が大きすぎた。彼のいない空間には、何かを埋めようとするように、ユダの高官たちが次々と近づいてきた。彼らはヨアシュにこう説いた。「我が王よ、エルサレムだけが主を礼拝する場所ではありません。かつてソロモン王でさえ、異邦の妃たちのために高き所を築かれました」

最初は抵抗があった。しかし、エホヤダの厳格さに慣れきっていたヨアシュは、これらの新しい助言者たちの柔軟な物の見方に、不思議な解放感を覚え始めた。高官たちは巧みに語る。「主は広大なお方。一つの形に縛られる必要があるでしょうか」

やがて、エルサレムの外れにある高き所に、アシェラ像が立てられた。最初はこっそりと。しかし、主を礼拝すると称してそこに上る民が増えるにつれ、ヨアシュの心の迷いは薄れていった。かつて神殿を修復したあの情熱は、今や別の方向へと流れ出していた。

その年の過越の祭りのことだ。エホヤダの子ゼカリヤが突然、神殿の庭に立った。彼は父と同じく祭司の衣をまとい、しかしその目には老祭司にはなかった激しい炎が燃えていた。群衆が祈りをささげる中、ゼカリヤの声が石壁にぶつかって響いた。

「ユダの民よ、聞け!主はこう言われる。『なぜ、あなたがたはわたしの戒めを破り、災いを招くのか。あなたがたがわたしを捨てたゆえ、わたしもあなたがたを捨てた』」

ざわめきが起こった。ゼカリヤはまさにその時、霊に突き動かされるように言葉を続けた。「父エホヤダは、この宮を修復するよう王に仕え、あなたがたを導いた。しかし今、あなたがたは彼が守った契約を踏みにじる。主があなたがたを離れられる時、だれがあなたがたを助けられよう」

その言葉がヨアシュの耳に届いた。彼は玉座から身を乗り出し、顔を紅潮させて怒りをあらわにした。恥辱と憤りが胸中を渦巻いた。周りの高官たちがささやく。「あの男は王の権威を嘲っております」「父の功績を盾に、王を批判するとは」

ヨアシュの心中で、長年エホヤダに寄りかかってきたことの屈辱、そして今ようやく得た自由への執着が爆発した。彼は拳を握りしめ、歯を食いしばって命じた。「あの傲慢な者を、聖なる庭で石打ちにせよ」

命令は実行された。祭司の子であるゼカリヤが、父が生涯を捧げたその神殿の石畳の上で、民によって石を投げつけられる。最初の石が肩に当たった時、ゼカリヤはよろめきながらも叫んだ。「主よ。見て、あがなってください」

石が次々と飛んできた。最後の瞬間、彼は崩れ落ちるようにして倒れ、血が祭壇の基盤を伝った。その事件以来、ヨアシュの治世に翳りが差した。かつて修復した神殿は立派に立っていたが、そこに集う民の心は次第に離れていった。

それから間もなく、アラムの小規模な軍勢がユダに侵攻してきた。数的にはユダ軍が圧倒的に優っていた。しかし戦場で、ユダの兵士たちはなぜか統制が取れず、たちまち敗走した。アラム軍はエルサレム近郊まで迫り、略奪を繰り返しながら撤退する。その戦いでヨアシュは深手を負い、宮殿の寝室で療養することになった。

傷が癒えぬある夜、二人の家臣が寝室に侵入した。一人はかつてゼカリヤの石打ちに関わった者の子、もう一人はエホヤダに恩のあるレビ人の家系だった。彼らは何も言わず、ただ淡々と王の寝床に近づいた。ヨアシュは朦朧とした意識の中で、ゼカリヤの最期の叫び声を思い出したかもしれない。あるいは、遠い少年時代、エホヤダに手を引かれながら歩いた神殿の廊下の冷たさを。

ヨアシュはダビデの都に葬られたが、王たちの墓には入れなかった。彼の生涯は、脆い陶器のように、良い土台の上に築かれながら、最終的には自らその土台を掘り崩してしまったかのようだった。後に人々が神殿を訪れ、修復された美しい柱を見上げる時、その礎石の間に、目には見えないひび割れが走っていることを感じ取る者もあったという。それは石の亀裂ではなく、契約と背信の間に横たわる、深く静かな断絶の跡であった。

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