聖書

カナの婚礼と神殿清め

ガリラヤのカナという村で、婚礼の宴は三日目に差し掛かっていた。午後の柔らかな光が石灰で塗られた家々の壁を温め、中庭からは笑い声と、安価だが香りの良い油の匂いが漂ってきた。イエスとその弟子たちも招かれていた。母マリアは、昔からの知り合いの息子の祝い事だった。彼女は宴の片隅で、給仕の長がこっそりと新郎に話しかけているのを見た。その表情が次第に曇っていく。

「ぶどう酒が足りなくなるかもしれない」と、給仕の長が唇を噛みしめて言った。新郎の額に汗が光った。これは単なる不始末ではない。婚礼においてぶどう酒が尽きるなど、この土地では耐え難い恥であり、家族全体の面目に関わる。マリアはそっと席を立ち、イエスのいる方へ歩み寄った。彼は弟子たちと、ナタナエルが何か熱心に語っているところだった。

「彼らにはぶどう酒がなくなりそうなの」とマリアは息子の耳元で囁いた。その声には、長年連れ添った者同士の理解と、何かを期待するような切実さが混ざっていた。イエスは母を見つめ、その視線は深く、ある決意に満ちていた。「婦人よ、わたしとあなたと、どんなかかわりがあるのですか。わたしの時は、まだ来ていません」

マリアは一瞬、目を伏せたが、すぐに顔を上げ、給仕たちの方へ向き直った。「この方が何か言いつけても、そのとおりにしなさい」と彼女は静かに言った。給仕たちは当惑した様子でうなずいた。六つの石の水がめが、ユダヤ人の清めの習慣に従って置かれていた。それぞれは二、三バテもの水を入れるのに十分な大きさだ。イエスはそれらを指さした。「水がめに水を満たしなさい」

給仕たちは黙って従った。井戸と庭を何度も往復し、重い水瓶を運び、石がめの縁まで水を注いだ。水がめは冷たく湿り気を帯び、表面に光を反射した。イエスは少し間を置き、給仕の一人に言った。「さあ、くんで、宴会の世話役のところに持って行きなさい」

給仕はためらった。水をそのまま運ぶのか?しかし、先ほどの婦人の言葉を思い出し、ひしゃくでくみ上げ、それは透明で冷たい水だったはずなのに、陶器の壺に注いでみると、濃い赤紫色の液体が音を立てて満ちた。彼は目を見開いた。匂いを嗅げば、熟したぶどうの豊かな香りが鼻をくすぐる。ためらいながらも、彼は世話役のところへ壺を運んだ。

世話役は、新郎からぶどう酒が尽きかけたと聞かされ、内心では気が気ではなかった。給仕が差し出した壺から一口含むと、彼はぱっと顔を上げ、新郎を探した。そして、新郎をわきへ呼び寄せ、驚きと賞賛を込めて言った。「どこの婚礼でも、初めに良いぶどう酒を出し、客が十分飲んだころに劣ったものを出すものだ。ところが、あなたは良いぶどう酒を今まで取っておいた」

新郎はただ困惑して首をかしげた。給仕たちだけが、水がめの傍らに立っていたイエスをちらりと見た。弟子たちもその一部始終を目にし、互いに視線を交わした。水がぶどう酒に変わった。この最初のしるしは、何も言わずに、しかし確かに、ガリラヤの小さな村の婚礼で示された。宴は再び賑やかさを増し、人々の頬は新たなぶどう酒でほんのり赤らんだ。

それから間もなく、イエスは弟子たちや家族と共にカファルナウムに下ったが、ほどなくしてユダヤ人の過越祭が近づき、エルサレムへ上って行った。

都の丘に神殿がそびえ、その大理石の柱は太陽の下で白く輝いていた。境内には、遠方から来た巡礼者たちの群れが押し寄せていた。羊や牛の鳴き声、鳩を売る商人の呼び声、両替商が硬貨を数えるカチャカチャという音。本来は祈りの家であるはずの場所が、喧騒と利益の場と化していた。異邦人の庭と呼ばれる外庭には、犠牲の動物を売る店が所狭しと並び、ローマや各地の貨幣を神殿税用の銀貨に替える両替台が置かれていた。神への奉献が、便利さという名の下に、ありふれた商取引に堕していた。

イエスが境内に入ってきた時、彼は一瞬立ち止まった。目に映る光景を、ゆっくりと見渡した。その視線は、鋭く、悲しみに満ちていた。彼は縄を手に取り、少しばかりの時間をかけて、数本の縄をより合わせた。弟子たちは彼の様子を訝しげに見ていた。すると突然、イエスが動き出した。静かだが、圧倒的な気迫をもって。

彼は両替商の台に近づき、縄を鞭のように振るった。硬貨が石畳に散乱し、金属音が高く響いた。「これをここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家とするな」と彼の声が轟いた。それは怒りに震えていたが、それは個人への憤りというより、深い、根源的な悲しみから湧き上がる怒りだった。次に彼は鳩を売る者たちの方へ向かい、籠を次々と開け、鳩たちを解き放った。白い翼が一斉にはためき、空へと舞い上がる。羊や牛を追い立てる者たちには、一言の命令で彼らを連れ出させた。

一時、境内は異様な静寂に包まれた。巡礼者たちも商人たちも、ただ茫然とこの一人の男を見つめていた。弟子たちの脳裏に、詩篇の言葉がよぎった。「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」。神殿の祭司長や律法学者たちが駆けつけ、声を荒げた。「どんなしるしを見せて、こんなことをするのか」

イエスは彼らを見据え、ゆっくりと答えた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」周囲から失笑が漏れた。この神殿は建てるのに四十六年もかかっている。三日で?何という妄言だ。しかし、弟子たちは後になって、彼がご自身の体の神殿について語っていたことを思い出すことになる。彼らの心には、カナの婚礼でのしるしと、このエルサレムでの激しい行動が、一つの深い流れとして刻まれ始めていた。

夕闇がエルサレムの街を包み、祭りの期間中、多くの人々がイエスの行ったしるしを見て彼を信じた。しかしイエス自身は、誰にも自分を任せようとはしなかった。人の心の中にあるものを知っておられたからだ。石の神殿の影が長く伸びる中、彼は一人、祈りの時をもつのだった。過越の子羊が屠られる時が、ゆっくりと、しかし確かに近づいていた。ガリラヤの婚礼でのぶどう酒の喜びは、やがて苦い杯の影へと変わり、神殿の清めの激しさは、やがて自らの体という神殿の破壊と復活へと向かう道標であった。それらすべてを、彼は知っていた。

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