聖書

聖なる光と冒涜の石

燭台の油は、オリーブを搾り、漉し、精製され、純粋で濁りのない金色を帯びていた。毎日、アロンはその油を整え、夕暮れから夜明けまで、至聖所の前に設えられた純金の燭台のともしびが消えることのないようにした。それは主の前における絶え間ない光の誓いであり、闇に対するささやかな、しかし確かな勝利の印であった。

同様に、供えのパンは十二、ちょうどイスラエルの部族の数だけ、細かい小麦粉で作られた。パンは二列に並べられ、純金の机の上に置かれる前に、清い乳香がそれぞれの上に振りかけられた。乳香は記念の分として、やがて主の前にささげられる煙となる。パン自体は、安息日ごとに新しいものと取り替えられ、古いパンは、主の前に置かれた聖なるものとして、アロンとその子らが聖なる場所で食べることと定められていた。それは、主が与える日々の糧が、いかに聖別されているかを、からだに覚えさせるための儀式でもあった。

ダンの部族に属する女と、エジプト人の男との間に生まれたある男は、その日、宿営の片隅で、イスラエルの女をめぐる争いに身を投じていた。口論は熱を帯び、互いの出自をむき出しにする罵り合いへと堕していった。相手はイスラエル人であった。嘲笑と侮蔑の言葉が飛び交う中、この混血の男は、怒りに震える拳を天に振り上げ、ついに、畏れるべき御名を、汚れた舌で呼び、それを冒涜する言葉を吐き捨てたのである。

その言葉は、鋭い刃物のように、午後の空気を切り裂いた。周囲にいた者たちの間に一瞬の、水を打ったような沈黙が走った。誰もが、耳を疑い、また、言ってはならないことを聞いてしまった恐怖に足がすくんだ。やがて、その男は押さえつけられ、何事かが起こったという噂は、宿営を駆け巡り、ついにモーセの耳にまで届いた。

男は監視の場所に引き立てられ、主の指示が下るのを待った。モーセは主に伺いを立てた。すると、主はモーセにこう告げられた。冒涜者は、宿営の外に連れ出せ。それを聞いたすべての者は、手をその者の頭に置け。そして全会衆が彼を石で打て、と。

主はさらに、モーセにイスラエルの子らに告げるよう命じられた。人は、自分の神を冒涜するならば、その罪を負わなければならない。神の名を冒涜する者は、必ず殺されなければならない。全会衆は必ず彼を石で打たねばならない。寄留者であれ、国に生まれた者であれ、主の名を冒涜するときは、殺されなければならない、と。

そして、人を打って死なせた者は必ず殺され、獣を打って死なせた者は必ずそれを償わねばならない。人に傷をつけたならば、そのように自分にもされなければならない。骨折には骨折を、目には目を、歯には歯を。彼が人に傷をつけたように、自分にもされなければならない。これは、寄留者にも、国に生まれた者にも等しい主の定めである、と。

モーセはそれを、イスラエルの子らに告げた。

執行は、宿営の外れ、荒れ野に近い乾いた土地で行われた。全会衆が集められた。空は高く、無慈悲なほど青く、太陽は何事もなかったかのように砂と岩を照らし続けていた。男は両腕を押さえられ、無言で、蒼白な顔をしていた。彼の目には、もはや怒りの炎はなく、深い、理解を超えた恐怖が映っていた。

神の掟を伝える者が、民の前に立ち、冒涜の罪の重大さを告げた。神の聖なる名は、イスラエルの存在の基盤であり、契約の核心であった。それを塵芥のごとく罵ることは、天地を支える支柱を揺るがし、民全体を聖性から引き剥がす行為に等しい。罪は個人にとどまらない。聖なる共同体を汚す感染症のごときものである。

全会衆は、男の頭に手を置いた。それは、罪の帰属を確認し、共同体全体がこの裁きに参与する、重い儀式であった。そして、石が投げられた。最初の一つは、ためらいがちに、ある年老いた祭司の手から放たれた。それは男の肩をかすめた。次の瞬間、怒りというよりは、恐れと義務感に駆られた民の手から、無数の石が雨のように降り注いだ。岩が肉を打つ鈍い音。やがて、すべての動きが止んだ時、そこには、神の律法の厳粛な執行が、静かに終わった痕跡だけが残っていた。

その日の夕暮れ、燭台の火がいつものようにともされた。柔らかな光が至聖所の幕をほのかに照らす。新しい供えのパンも据えられ、乳香の甘い香りが漂っていた。すべては、あの出来事などなかったかのように、聖なる営みを続けていた。しかし、油を整えるアロンの子の手には、かすかな震えが残っていた。彼は、ともしびの炎を見つめながら思った。主の光は消えてはならない。それは、闇と、無秩序と、聖なるものの冒涜に対する、絶え間ない警護なのだ。安息日ごとに替えられるパンは、契約が新たにされ、罪が聖なる糧によって清められることのしるしなのだ、と。

荒れ野は冷たい風を吹かせ始め、宿営の旗がひゅうひゅうと鳴った。神の律法は、慈愛に満ちた契約の礎であると同時に、それを軽んじる者には揺るぎない崖のようであった。聖さは、燭台の温もりでもあり、岩の冷たさでもあるのだ、と若い祭司は、胸の内で繰り返した。彼は、明日も、油を整え続けるだろう。

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