第七の月が訪れる頃、荒野の風には既にうっすらと冷たさが混じり始めていた。朝もやが砂丘の稜線を柔らかくぼかす中、レビ族の祭司エルアザルは革の幕を押し開け、冷たい空気を深く吸い込んだ。今年もこの月が巡ってくる。彼の胸には、言い知れぬ重みと畏れ、そして僅かな期待が入り交じった感覚が広がった。第七の月──それは単なる暦の区切りではなかった。葦の茎で綴られた暦板に刻まれたこの月は、民全体の呼吸が一つに収斂する、稀なる聖なる時間の始まりを告げていた。
最初の日、新月の日である。夜明け前からキャンプには動きがあった。角笛を吹き鳴らす日だ。人々はまだ眠気の残る目をこすりながら、指定された場所へと集まり始める。エルアザルは他の祭司たちと共に、燔祭の壇の前に整然と並んだ。その手順は、父アロンから幾度となく聞かされ、自らも何年も実践してきたものだ。だが、毎年、この瞬間になると、指先がわずかに震えるのを感じた。屠られる雄牛の鼻息が白く朧み、その大きな体からは草と土の匂いが立ち上った。雄羊、そして無傷の一歳の雄子羊七頭。それらが次々と連れ出され、民の代表として整えられる。エルアザルはナイフの柄の感触、革のひもの張りを指に覚えさせながら、動作を一つ一つ確かめる。これら全てが、主への香ばしい捧げ物とならねばならない。罪のための捧げ物としての雄山羊が別に準備されているのも、彼の目の端に捉えていた。
角笛が一斉に鳴り響いた時、その深く長い音は荒野の静寂を破り、人々の胸奥に直接触れるようだった。音は岩肌に反射し、幾重にもこだました。それは単なる合図ではない。記憶への呼びかけであり、約束の再確認であった。エルアザルは炎が捧げ物を包み、太い煙が真っ直ぐに青空へと昇っていくのを見つめた。脂肪が焼ける甘ったるい香り、そして木材の煙の匂いが周囲に立ち込める。彼はふと、幼い頃、父が同じ香りの中で「主の前に安息せよ」と囁いた声を思い出した。この一日の儀式は、しかし、ほんの序章に過ぎなかった。
月が次第に満ちていくにつれ、キャンプ内の空気は次第に張り詰めていく。十日目──贖罪の日が近づくにつれ、日常の雑談さえも控えめになり、人々の表情には自省の色が濃く浮かんだ。前日の日没から、エルアザルを含む祭司たちは細かな潔めの儀式を繰り返した。水は冷たく、身を清める行為そのものが、心の内の塵を洗い流す寓意のように感じられた。
そして贖罪の日が来た。太陽は昇ったが、その光さえも厳粛に濾過されているかのようだった。全く仕事をしてはならない、完全な安息の日である。この日、捧げられる犠牲は新月の日と同じ数──雄牛一頭、雄羊一頭、雄子羊七頭、そして罪のための雄山羊。しかし、その重みは全く異なっていた。大祭司が年に一度、至聖所に入り、民全体の罪の告白をし、あがないを完成させる日。エルアザルは、聖所の前でうつむく民衆の群れを見下ろしながら、自分が執り行う外側の儀式が、内側で行われている計り知れない神秘の、ほんの外側の表現でしかないことを痛感した。屠られる動物の血の赤さが、麻布に染み広がる様は、何か言葉にならない慟哭のように見えた。この血が、聖所の器具を清め、民を聖別する。煙は今日はより重く、低く漂うように思えた。一日中、キャンプは沈黙に近い静寂に包まれ、ただ祈りの囁きと、儀式に伴うわずかな物音だけが、空虚を破った。夕刻、儀式がすべて終わった時、エルアザルは膝の力が抜けるような、深い精神的疲労を感じた。しかし同時に、砂埃を洗い流されたような、清々しい解放感もあった。一年の咎が、この日に負われ、洗い去られる。その確信が、疲れの中にほのかな暖かさとして残った。
そして、その厳粛さから一転するように、十五日目からはキャンプの表情ががらりと変わった。仮庵の祭りの始まりだ。人々は早朝から、椰子の枝や柳の枝、茂った木の葉を集め、仮庵と呼ばれる簡素な小屋を家々の傍らに建て始めた。子供たちの歓声が響き、久しぶりに笑顔が戻ってくる。七日間続くこの祭りは、収穫の喜びと、かつてこの荒野を導かれた主の庇護を記憶するためのものだ。しかし、エルアザルにとっては、祭司としての務めが最も膨大になる時期でもあった。
聖なる召集の第一日目。捧げ物は途方もない数になった。雄牛が十三頭、雄羊二頭、一歳の雄子羊十四頭。これに加えて罪のための雄山羊一頭。翌日は雄牛が十二頭と、一日ごとに雄牛の数が一頭ずつ減っていく。七日間、毎日その数は変わり、最終日には雄牛七頭となる。朝もやの中、ほこりを上げながら祭壇の前に連れ出される雄牛の群れ。その角の揺れ、足音の轟き。エルアザルと祭司たちは、ほとんど休む間もなく、定められた手順に従って屠り、血を注ぎ、脂肪を焼き、肉を切り分ける作業に追われた。腕は脂で滑り、麻の衣は血と汗で貼りつく。祭壇の炎は七日間絶えることなく燃え上がり、肉が焼ける匂いと煙の匂いがキャンプ全体を覆った。それは物理的な労働としても過酷なものだった。
しかし、その疲労の中にも、確かな喜びのリズムがあった。毎日、定められた捧げ物がささげられていく度に、エルアザルはそれが単なる数の羅列ではないことを思い知らされた。雄牛の数が日ごとに減っていくその規則的な引き算のなかに、何か完全さへと近づいていく秩序のようなものを見た。最初の日の十三頭の雄牛の咆哮と、最終日の七頭の静かな歩み。その間を埋める毎日の儀式は、賛美の積み重ねであり、依存の表明であった。彼は、脂が炎の中でパチパチとはぜる音を聞きながら、これらすべての動物が、民の代わりに、民の感謝と従順と祈りを体現して主の前に出ているのだ、と考えた。仮庵に住む家族たちの笑い声が風に乗って聞こえてくるたび、この厖大な捧げ物の意味が、少しずつ腑に落ちる思いがした。
七日目の終わり、最後の捧げ物の煙が夕日に染まりながら昇った時、エルアザルはやっと肩の力を抜いた。全身はあちこちが痛み、髪も皮膚も燻製のような匂いに浸りきっていた。しかし、心は満たされていた。第七の月のこの一連の祭りは、角笛に始まり、贖罪の深い淵を経て、仮庵の喜びの只中で終わる。それは、神との関係の全ての局面──招集、悔い改めとあがない、そして収穫と共に住むことの祝賀──を、時間をかけて、身体ごとになぞる壮大な典礼だった。
月が高い空に昇り、仮庵の隙間から細い光が差し込む夜、エルアザルは自分の仮庵の外に腰を下ろした。疲労がゆっくりと体を浸していく。彼はもう一度、あの数字の羅列を心の中で繰り返した。二十九章に記されたそれらは、もはや単なる規定の条文ではなかった。角笛の日の雄牛一頭の重々しい存在、贖罪の日の沈黙の重み、仮庵の祭りの最初の日の十三頭の圧倒的な群れ、そして徐々に減っていくその数。それら全てが、一つの生きている呼吸として、自分の記憶と肉体に刻み込まれていた。主が命じられたことは、無味乾燥な律法の細則ではなく、命のリズムそのものなのだ。荒野を行くこの民の一年の歩みを、清め、整え、祝うための、慈しみ深い時の設計図なのだ。
遠くで、まだ誰かが軽く詩篇を歌う声が聞こえる。エルアザルは星空を見上げ、次の新月まで、また日常の日々が戻ってくることを思った。だが、この第七の月の濃密な日々の記憶──煙の匂い、角笛の響き、炎の熱さ、そして贖罪の後の静かな安堵──それらは、これからの平凡な日々を、どこか違う色で照らし出すだろう。彼は深く息を吐き、冷たい砂に手のひらを押し付けた。ここが、今、主が共におられる場所だ。祭りは終わったが、その核心は、この疲れ果てた体の奥に、静かに燃え続けている。




