壁はもう長いこと続いていた。二年目か、三年目か。時間の感覚は、腹を空かせた者には意味をなさない。エルサレムの城壁の上から見下ろすと、バビロニアの陣営の炊事の煙が、夕暮れの空にまっすぐに立ち上っていた。我々にはもう煙など立てる糧もなかった。家々の梁は剥き出しになり、通りには父が子を、子が父を食べたという噂が、囁きのように蔓延っていた。ゼデキヤ王は、まだ宮殿の奥深くで、何かしらの神託を待ち続けているのだろうか。彼がエレミヤの言葉を聞き入れなかったあの日から、すべては決まっていたように思えた。
そしてその日は来た。第四の月の九日。記憶では暑さが始まる頃だったが、その年の暑さは、飢えによってずっと鈍く感じられていた。突然、城壁の一角から金属の軋むような轟音がした。兵士たちの叫び。壊れた石の粉塵が風に乗って町中に降り注いだ。バビロンの軍勢は、ついに北の城壁を破った。彼らは黙々と、組織的に流れ込んでくる。鎧のきらめきよりも、その無言の迫力に、抵抗の意志は霧散した。
王はその夜、密かに宮殿を脱出した。側近の兵士を伴い、すべての戦士を連れて。私は、荒廃した家の隙間から、その一行が「王の園」の傍らの門から、暗闇に消えていくのを見た。彼の背中は、王というより、追われる獣のように縮こまっていた。しかし、その逃げ道さえも、主が封じられたのだろう。エリコの荒れ野で、バビロンの軍勢は彼らを捕らえた。ゼデキヤは、リブラの王ネブカドネツァルの前に引き出された。その場で、彼の目の前で、彼の息子たちは殺された。最後に、彼自身の両眼がくり抜かれた。彼が見た最後の光景は、自分の血統の断絶だった。そして、青銅の枷にはめられ、彼はバビロンへと連行されていった。預言者の言葉は、こうして石のように硬く、そして悲しく地に落ちた。
それから一ヶ月後、第五の月の七日。ネブカドネツァルの家来、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに入城した。彼は感情のない顔で、命じた。主の宮、王宮、すべての大きな家を火で焼け、と。火はまず神殿の屋根に燃え移った。杉材はパチパチとはぜ、金で覆われた至聖所の装飾が溶けていく。あの輝きは、もはや天上のものではなく、ただの燃える金属の涙のように壁を伝った。青銅の柱、海と台車、すべてが粉砕され、その青銅は計りきれないほどあったが、すべてバビロンへと運ばれた。彼らは道具を、祭具を、かつて神聖であったすべてのものを、ありふれた戦利品のように運び出した。
民はどうなったか。剣を免れた者、町に残っていた者は、ほとんどが捕らえられ、バビロンへの長い旅路に就いた。ただ、国に残ってぶどうを作り、地を耕す最も貧しい者たちだけが、残ることを許された。その一人に、シャファンの子アヒカムの子、ゲダリヤという者がいた。彼はミツパに総督として据えられた。しばらくは、荒れ果てた地に、かすかな平和が訪れたようだった。彼の下には、野に逃れていた将軍たちや、散り散りになった者たちが集まってきた。ゲダリヤは彼らに誓った。「バビロンに仕えることを恐れるな。この地に住み、王に仕えよ。そうすればあなたがたは幸いである」。彼は正しい人だった。しかし、この地には、まだ熱い灰の中に残る狂信のようなものがくすぶっていた。
アンモン人の王バアリスのそそのかしを受けた、イシュマエルという王族の者が、十人の者を連れてミツパに来た。ゲダリヤは警告を受けていた。にもかかわらず、彼はその客を饗応した。共に食事をしているさなか、イシュマエルとその仲間は立ち上がり、ゲダリヤを、そして彼と共にいるユダヤ人やバビロン人を打った。愚かな行為だった。この暗殺が、残された者たちに何をもたらすというのか。恐怖が再び広がり、民はイシュマエルを恐れて、エレミヤさえも道連れに、エジプトへと逃げていった。皮肉なことに、彼らが最も避けたい捕囚へと自ら向かうことになった。
こうして、ユダはその民を失い、地は空しく安息を迎えた。七十年の間。しかし、その年の終わり、バビロンで、ある小さな変化があった。エホヤキン王、捕囚となって三十七年目のことだ。新しい王がバビロンに即位し、エホヤキンを獄屋から出し、彼の前に食卓を設け、一生の間、日々の食物を与えた。これは何を意味するのか。裁きは完全だが、契約は決して消えはしない。主の手は、たとえ異邦の王の心をも動かす。このわずかな慈愛のしるしが、暗闇の歴史の一頁に、ほのかなインクの染みのように残された。すべてが終わったわけではない。物語は、まだそこで息をしているのだ。




