聖書

ミツパの悲劇 ゲダルヤ暗殺

七月の穂の香りが、ミツパの丘に漂っていた。刈り入れがほぼ終わり、町は一時の平穏に包まれていた。バビロンの総督として立てられたゲダルヤは、官舎ともいえぬ質素な家の戸口に腰を下ろし、遠くエルサレムの跡が見える方向をぼんやりと眺めていた。彼の顔には、深い疲労の影と、それ以上に深い諦念の色が刻まれている。彼は、王族の出でありながら、今は占領者に仕え、残された民のささやかな命をつなぐ役目を負わされていた。その重みが、彼の肩を常に前へと押し曲げていた。

訪ねて来たのは、エリシャマの孫、ネタンヤの子、イシュマエルだった。彼は十人の者を従えていた。その顔つきは礼儀正しく、平静を装っていたが、瞳の奥に、凝り固まった何かが潜んでいるのを、ゲダルヤは一瞬、感じた。しかし、彼は自分に示された敬意を疑うことをやめていた。疑えば、このか細い平和はたちまち崩れる。彼は笑みを浮かべ、彼らを中へと招き入れた。家には、すでに数人のユダヤ人や、たまたまシェケム、シロ、サマリアから巡礼の衣をまとってやって来た男たちがいた。皆、荒廃した神殿の代わりに、このミツパで主を礼拝しようと集まってきた者たちだ。

「共に食事をしよう。主がわたしたちに与えてくださった平和を、感謝しつつ」
ゲダルヤの声は、ややかすれていた。食卓は質素だが、パンとぶどう酒はあった。初めのうち、ざわめきは和やかだった。遠くの惨劇を忘れ、一時の安息を味わおうとする人々の、かすかな笑い声さえ聞こえた。イシュマエルは、ゲダルヤの真向かいに座り、丁寧にパンをちぎり、静かに食べていた。彼の動作には、無駄がなかった。

突然、立ち上がった。合図だった。イシュマエルと共に来た者たちが、一斉に腰の短剣に手をかけた。ざわめきが、一瞬で凍りついた。次の瞬間、宴の座は修羅場と化した。イシュマエル自身が、ゲダルヤに猛然と飛びかかった。短剣が閃き、ゲダルヤの喉が裂かれた。彼は一言も叫ばず、ただ驚きと悲しみの混じった目を大きく見開いたまま、粗末な机の上に崩れ落ちた。血が、パンとぶどう酒の壶に染み広がった。

同席していたバビロン王の兵士たちも、何が起こったか理解する間もなく、切り伏せられた。狭い家の中は、悲鳴、うめき声、倒れる音、そして狂ったような殺戮者の息づかいで満たされた。外は相変わらず、穏やかな午後の光に照らされていた。七十人。入り口に立つイシュマエルの男の一人が、低い声で数を数えた。殺戮は、整然と、情け容赦なく完了していた。

町は静まり返った。住民たちは恐怖に震え、家の奥に閉じこもった。イシュマエルは、血糊で足元が滑るほどの床を平然と歩き、ゲダルヤの無残な遺体をじっと見下ろした。彼の目には、達成感も後悔もなかった。あるのは、冷たい目的だけだった。彼は、アンモン王の庇護を受けており、この土地にバビロンの秩序が根付くことを、何よりも憎んでいた。残された者たちを率いて、バビロンに反抗する。それが、彼に与えられた使命だと信じていた。

しかし、殺戮は続いた。次の日、シェケムやシロから嘆きつつ到着した八十人の男たちが、髪をそり、衣を裂き、身体に傷をつけ、エルサレムの神殿の跡へと供え物を持参しようとしていた。彼らは、この惨事を何も知らなかった。イシュマエルは泣いているふりをして彼らを出迎え、「共にゲダルヤのもとへ来なさい。あなたがたの供え物を、ここで主にささげることができる」と誘った。無防備な巡礼者たちが家の中へ入っていく。そして、またしても刀が振るわれた。六十人以上が、ただ礼拝のために来たというだけで、穴の中に投げ込まれた。生き残った十人は、蓄えていた小麦、大麦、油、蜜を差し出すと誓って、命乞いをした。イシュマエルは、それらを略奪するため、彼らを生かしておくことにした。

ミツパの町は、死の臭いに満たされた。かつてゲダルヤが必死に守ろうとした平和は、血に塗られ、裏切りに引き裂かれた。イシュマエルは、生き残ったすべての人々、王の娘たちを含む捕虜たちを連れ、アンモンへ向かおうとした。彼は、自分が正義の剣を振るったと信じている。荒れ果てた祖国を、外国の傀儡から解放したのだと。

しかし、動きはあった。ゲダルヤ殺害の知らせは、すぐに周辺に伝わった。ヨハナン・カレアの子と、彼に従う部隊の指揮官たちは、ただならぬ気配を察知し、急ぎミツパへと向かっていた。彼らは、ゲダルヤを支持し、このか細い秩序を守ろうとしていた者たちだ。イシュマエルの一行が、ギベオン附近の大きな水池の傍で休憩している時、彼らは追いついた。

日は傾きかけ、池の水面が金色に輝く時刻だった。捕虜となった人々は疲労と絶望で俯き加減で歩いていた。突然、背後から兵士たちの気配が押し寄せてきた。イシュマエルは振り返り、牙を剥いた。しかし、ヨハナンとその部隊は、陣形を整え、ゆるぎない意志をもって迫ってくる。捕虜たちの間に動揺が走った。イシュマエルは、一瞬、すべての捕虜を殺すべきかと逡巡した。だが、彼にはもはや時間がなかった。二、三人の側近だけを連れ、アンモンへの道を急いで逃げ去った。背後には、無残な殺戮の結果と、救われたが心に深い傷を負った人々、そして、再び空白に沈むユダの地が残された。

ヨハナンは、捕虜たちを保護した。彼らは泣き、ゲダルヤのことを語り、イシュマエルの残虐さを訴えた。しかし、彼らの目の前には、再び選択が迫っていた。バビロン軍がこの報復を聞けば、間違いなくこの地を焼き尽くしにやってくる。安全な地へ逃れなければならない。彼らは、エジプトへ向かう道を選ぼうとしていた。その不安と混乱の中に、ひとりの老預言者の沈黙した姿があった。かつてエルサレムの滅びを語った、あのエレミヤである。彼は、このすべてを見ていた。神の裁きは終わったのではない。民の内側から湧き出る不信と暴力と恐怖が、荒れ野をさらに深くしていくのを。彼は、何も語らなかった。ただ、遠くに広がるユダの野の夕闇を見つめていた。そこには、穂の香りではなく、鉄と血の匂いが、そよ風に乗って漂っているように感じられた。

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