聖書

沈黙と獅子の吼え

その日、ベテルへの巡礼の道は、埃と悔い改めの言葉でいっぱいだった、と後に人は語った。が、私が覚えているのは、沈黙だ。羊の群れを従え、ヨルダン川の東側の丘陵を下りながら、聞こえたのは蹄が小石を転がす音だけだった。風は乾き、暑さは肩にかかる羊毛の外套のように重く、いつもの夏の終わりの気配だった。しかし、空気が違っていた。張り詰めているというのか。まるで雷雨の前のように、全ての音がくっきりと、際立って聞こえるのだ。

私は名をエリアスという。父も祖父も、この地で羊を飼った。彼らは「主の声は羊飼いに一番よくわかる」と言っていた。嵐が来る前の羊たちの落ち着きのなさ、狼の気配に触れた時の耳の立て方——それらはみな、言葉なき警告だった。その日、私の胸にあったのは、まさにその感覚だった。目には見えないが、確かにそこにある「何か」の気配。ベテルで捧げられる犠牲の煙の臭いが風に乗ってくるのに、なぜか空気は清められるどころか、よどんでいるように思えた。

ベテルの神殿の境内は、いつも以上の熱気に包まれていた。金の子牛の像が、無機質な輝きを放っている。人々はにぎやかに寄り集い、盛大な捧げ物をし、祭司たちは定められた通りに儀式を執り行っていた。全てが正しく、全てが秩序立っている。それなのに、私の目には、それがまるで巧みに演じられる劇のように映った。心はどこか遠く、口先だけの賛美。彼らの安心は、砂上の楼閣のように脆く思えた。

彼が現れたのは、ちょうど人々が最も熱心に祈りをささげている時だった。アモス。彼はテコアの牧者であり、いちじく桑を栽培する者だと、後で聞いた。彼の姿は、この聖所の輝きにまったく似つかわしくなかった。日焼けした肌、粗末な衣服、羊や土の匂いがほのかにした。彼が口を開いた時、場内のざわめきが一瞬で引いていった。声そのものは特別に大きいわけではなかった。だが、その響きには、荒れ野で聞く岩を割る風のような、抗いがたい力があった。

「主は言われる。イスラエルの子らよ、聞け。わたしがあなたがたをエジプトの地から導き上ったこと、ただあなたがただけを地の全ての民族の中から選んだことを、あなたがたは知っているではないか。」

それは問いかけだった。しかし、その問いには答えが最初から織り込まれている。彼は、祭壇の前で肥え太った雄牛を指さした。

「二人の者がもし約束なくして、共に歩くだろうか。獅子がもし獲物を得なくして、林の中でほえるだろうか。若獅子がもし何も捕らえなくして、その穴から声をあげるだろうか。鳥がもし何もない所に、地に落ちるだろうか。わながもし獲物を捕らえなくして、地から立ち上がるだろうか。」

言葉は、私たち羊飼いにも農夫にもわかりやすかった。誰もがうなずいた。獅子が吼えれば、獲物がいる。鳥が罠に落ちれば、罠が仕掛けてあったからだ。原因なくして結果は起こらない。それは天地の理である。

そして、彼の声が深く、重くなった。

「町で角笛が鳴り響くとき、民はおののかないだろうか。主なる神がことを行われるとき、そのしもべである預言者に告げ示さないだろうか。」

その瞬間、私ははっとした。あの張り詰めた空気、あの心に響く警告の感覚——あれは、角笛の音だったのだ。聞こえない角笛の。神が獅子のように吼え、その声が預言者という器を通して響いている。原因はすでにあった。私たちの背き、公平を踏みにじり、貧しい者を売り渡し、主の名によって満足しながら心はバアルに向かう、その罪が。結果は、避けようもなくやって来る。

アモスの言葉は、具体的で痛烈だった。彼はサマリアの象牙の寝台に横たわる者たち、バシャンの雌牛のように肥え太った者たちを告発した。祭壇の傍らで安心していた人々の顔が次第にこわばっていくのが見えた。祭司の一人が立ち上がり、彼に向かって叫んだ。「預言者よ、ここユダの地で預言するのはよせ。ベテルの王の聖所で、そんな言葉を吐くのは不敬だ。」

アモスはゆっくりとその祭司を見た。目には悲しみ、そして揺るぎない決意があった。

「わたしは預言者ではない。預言者の子でもない。わたしは牧者であり、いちじく桑の栽培者だ。しかし、主が羊の群れからわたしを取られ、『行って、わたしの民イスラエルに預言せよ』と仰せられた。」

彼は再び群衆に向き直った。最後の宣告は、簡潔で、すべてを凍りつかせるものだった。

「見よ、主なる神が仰せられる。牧者が獅子の口から、羊の二本の足やすれすれの耳の先だけを取り返すように、サマリアに住むイスラエルの子らは、寝台の片隅や、ダマスコの寝台のひじ掛けから、救い出されるであろう。」

静寂が境内を覆った。人々は、自分たちの華やかな衣服、ぎっしりと蓄えられた財貨、堅固な城壁のある都を思い浮かべただろう。そして、そのすべてが、獅子に襲われた羊のように、かろうじて残る「足の切れ端」だけになる光景を。救い出されるのは、滅びからのわずかな残骸に過ぎない。

アモスはそれ以上何も言わなかった。彼が埃っぽい道を去っていく後姿は、来た時と同じように、何の飾り気もなかった。彼は言葉を置いていった。それは、祭壇の上で燃える脂肪の香りのようにすぐに消えるものではなく、岩に刻まれた警告の文字のように、その場に残った。

私は羊の群れを再び率いて、来た道を戻り始めた。夕陽が丘陵を赤く染め、長い影を落としていた。相変わらず、風の音と羊の蹄の音だけが聞こえる。しかし、今、その静けさはまったく違って感じられた。もはや平穏ではなく、審判の前の、重く深い間(ま)だった。主が獅子のように吼えられた。その声は、確かに預言者の口を通して響き渡った。そして、吼える獅子の後には、必ず獲物の運命が待っている。原因なくして結果はない。

ベテルに残った人々が、明日も同じように祭儀を続けるかどうか、私は知らなかった。しかし、私の肩には、聞いてしまった者の荷が沈んでいた。角笛は鳴り響いた。あの音を一度でも聞いた者にとって、世界はもう以前と同じではあり得ない。荒れ野の風は冷たくなり、遠くで、ほんとうに獅子の吼え声が聞こえるような気がした。それは幻聴ではない。それは、来るべき日の、遠くない足音だった。

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