ギレアドの地に吹く風は、いつもより重たく、乾いた土の匂いを運んでいた。トーラの後、平和は脆い殻のように砕け、イスラエルの子らは再び、目に見えぬ轍から外れ始めていた。彼らは主の目に悪とされることを行い、もはや名を知りすらしないバアルや、アシュタロテ、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アンモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。彼らは主を捨て、彼に仕えることをしなかった。
主の怒りは、沈黙の中で燃え上がった。それは、預言者の激しい言葉ではなく、出来事の重い連鎖として現れた。主は彼らをペリシテ人の手と、アンモン人の手に売り渡された。その年、その次の年、さらにもう一年、十八年の長きにわたって、ヨルダンの向こう側、アモリ人の地に住むイスラエルを、アンモン人は激しく圧迫した。彼らはユダとベニヤミン、エフライムの家をも踏みにじろうと迫った。イスラエルの苦しみは、骨の髄まで浸透する、鈍い痛みとなった。
人々は、最初は呟くように、やがて声を合わせて叫ぶように、主に助けを求めた。「私たちはあなたに罪を犯しました。私たちの神を捨て、バアルに仕えたからです」と。しかし、主の答えは、かつてのような即座の慰めではなかった。主は彼らに言われた。
「わたしがエジプト人から、アモリ人から、アンモン人から、ペリシテ人から、あなたがたを救い出したとき、あなたがたはわたしを捨て、他の神々に仕えた。それ故、わたしはもう、あなたがたを救わない。行け。あなたがたが選んだ神々に叫べ。苦難の時に、彼らがあなたがたを救うかどうか。」
その言葉は、冬の岩のように冷たく、絶望のように絶対であった。民は震え上がった。彼らは主に言った。「私たちは罪を犯しました。どうかお好きなように、私たちに行ってください。ただ、きょう、私たちをお救いください。」 そして彼らは、自分たちの間から異国の神々を取り除き、主に仕えた。主の心は、彼らの苦難に耐えかねた。
アンモン人の圧力は、具体的な脅威として迫ってきた。彼らはギレアドに陣を敷き、イスラエルは自分たちの向かい側に宿営した。ギレアドの民の首長たちは顔を見合わせ、不安が波紋のように広がった。彼らは言い合った。「だれか、私たちと戦ってアンモン人を撃つ者があれば、その者をギレアドのすべての住民のかしらとしよう。」 それは、絶望が生んだ、緊迫した契約であった。
その時、ギレアドに、エフタという名の男がいた。彼はギレアドの子であったが、母は遊女と言われ、兄弟たちによって家と土地を追われ、ツォブの地に身を寄せていた。彼の周りには「よからぬ者ども」が集まり、共に出て行って略奪を働いていた。その評判は、決して良いものではなかった。しかし、力と胆力だけは、誰もが認めるところだった。
ギレアドの長老たちは、窮地に追い込まれた。彼らはエフタのもとに人を遣わし、言わせた。「来て、私たちのためにアンモン人と戦ってください。私たちの頭、ギレアドのすべての住民のかしらになってください。」
エフタの答えは、彼らが予想した通り、荒削りで直截だった。「あなたがたは、かつて私を憎み、私を父の家から追い出したではありませんか。それなのに、今、苦しみに会ったからといって、どうして私のところに来たのですか。」
長老たちの言葉は、必死の訴えだった。「今、私たちはあなたのもとに引き返して来ました。私たちと共に行って、アンモン人と戦ってください。そうすれば、ギレアドのすべての住民のかしらになれます。」
沈黙が流れた。風が、テントの布をぱたつかせた。エフタは、追い出された故郷の丘を、遠くに思い浮かべた。復讐の機会ではない。それは、あまりに小さなものに思えた。彼は、遥か昔にイスラエルをエジプトから連れ出し、荒野で養い、約束の地を与えたという、あの主の言葉を、どこかで聞いていた。彼自身、正しい道を歩んだとは言えなかった。しかし今、彼を必要とする人々の目の前で、ただ一つ、確かなことがあった。彼は言った。
「私がギレアドに帰り、主が私の手にアンモン人を渡してくださるなら、私があなたがたのかしらになる。」
それは、主への挑戦というよりも、むしろ、見捨てられた者が、ようやく見いだした拠り所への、無謀なほどの信頼の表明だった。長老たちは言った。「主が私たちの間の聞き人であられますように。私たちはあなたの言われるとおりに行います。」
エフタは、長老たちと共にギレアドのミツパに着いた。そして、彼はそこで、全ての言葉を主の前に述べた。それは、士師としての就任の儀式というより、一人の男が、自らの運命と、民の運命を、暗闇の中で秤にかける、孤独な祈りの時間だった。
やがて、主の霊がエフタの上に激しく臨んだ。それは、彼の中にあった野性的な力を、一つの炎のように集中させた。彼はギレアドとマナセを通って行き、ギレアドのミツパから、アンモン人に対して進んで行った。
戦いの前夜、エフタは主に誓願を立てた。「もしあなたが、確かにアンモン人を私の手に渡してくださるなら、私がアンモン人のところから無事に帰って来るとき、私の家の戸口から私を迎えに出て来る者を、主にささげます。その者を全焼のいけにえとしてささげます。」
その言葉は、熱い戦いの気迫から迸った、考慮に欠けたものだった。彼は、家の戸口から最初に出てくるのが、家畜の群れの先頭に立つ雄羊や雄牛であると、何の疑いもなく考えていたのだろう。あるいは、戦いの只中で、神への絶対的な帰依を表明する、当時としては珍しくない形だったのかもしれない。しかし、その言葉は、後に降りかかる悲劇の種として、冷たい夜気の中に、軽々と吐き出されてしまった。
次の日、エフタはアンモン人と戦い、主は彼らを彼の手に渡された。彼はアロエルからミニテに至るまで二十の町を、またアベル・ケラミムに至るまで、非常に大きな撃破を加えた。こうしてアンモン人は、イスラエルに屈服した。
ミツパにある彼の家に、勝利の報せは届いていた。彼の一人娘は、父親の帰還を、鼓を打ち、踊りながら迎えに出た。彼女は彼のひとり娘で、彼にはこのほか男の子も女の子もなかった。
エフタは彼女を見たとき、衣を裂いて言った。「ああ、娘よ。あなたは私を本当に打ちのめした。あなたは私を苦しめる者となった。私は主に向かって口を開いた。もう取り消すことはできないのだ。」
娘は、父の絶望の意味を、一瞬で理解した。彼女の顔から喜びの色が引き、静かな覚悟が宿った。彼女は父に言った。「父よ。あなたが主に向かって口を開かれたのでしたら、主があなたのために、あなたの敵アンモン人に復讐されたのですから、私にそうしてください。ただし、一つの事を私に許してください。二か月の間、私に行かせて、私の友らと共に山々を歩き回り、私の処女であることを泣き悲しませてください。」
「行きなさい」とエフタは言った。彼は彼女を二か月の間、去らせた。彼女は友らと共に行き、山々で自分の処女であることを泣き悲しんだ。二か月の終わりに、彼女は父のもとに帰り、父は誓った誓願を彼女に行った。彼女は男を知らなかった。
そしてそれは、イスラエルのうちに一つのならわしとなった。年に四日ずつ、イスラエルの娘たちは出て行って、ギレアド人エフタの娘のために泣き、歌った。その歌声は、勝利と救いの裏側にある、深く、取り返しのつかない喪失と、誓いの重さを、代々に伝えていった。
エフタは六年の間、イスラエルをさばいた。そしてギレアド人のエフタは死に、ギレアドの町の一つに葬られた。彼の物語は、神の霊に触れられながらも、人間の拙さと、裏腹な運命に翻弄された、複雑な影を落としていた。主は民を救われた。だが、その代償はあまりに大きく、痛ましかった。荒野の風は、再び、何もなかったかのように吹き抜け、次の士師が現れるまでの、沈黙の時が流れ始めた。民は、しばしの安息を得ながらも、心のどこかで、あの娘たちの歌声を、かすかに聞いているようであった。




