では、ヨブ記二十章に基づいて、物語を紡いでみよう。
その日、ナアマの野には、熱い風が吹きつけていた。砂の粒が、よろいのようにヨブの皮膚に当たり、彼の三人の友人は、それぞれにうつむいていた。苦痛に沈黙する友人を見つめ、息を引き裂かれるような思いで、ヨブは自分の無実を、天に向かってまた訴えていた。言葉は、傷口から零れる膿のように、粘り気と絶望を帯びている。
すると、ツォファルという名の、三人の中でも最も若く、最も熱さを秘めた男が、突如として身を起こした。彼の頬は、議論の熱さか、あるいはこの荒野の太陽か、ある種の紅潮に染まっていた。彼の目には、ヨブの苦しみに対する憐れみ以上に、何かが歪んで燃えていた。それは、ヨブの言説が、彼の胸の中で育んできた確信―天地の秩序についての揺るぎない確信―を、ことごとく踏みにじっていることへの、怒りに近い焦りであった。
「聞け、ヨブよ。お前の言葉が、私の内なる思いをかき乱し、それゆえに私は答えずにはいられぬ」
彼の声は、初めは低く、うなるように始まったが、次第に熱を帯び、野原に響き渡るように強くなっていった。
「お前は知っているか。悪しき者の歓びは、ほんの一瞬に過ぎず、神を敬わぬ者の喜びは、瞬く間に消え去ることを。たとえその頭が天に届き、その頂が雲に達しようとも、彼は、自分の糞のように、永遠に消え去る。彼を見ていた者たちは、『彼はどこにいるのか』と言い、彼は夢のように飛び去り、夜の幻のように追い払われる。かつて彼を見た目も、二度と彼を見ることはない。その子らは貧しい者に贖いを求め、その手は家財を返さなければならなくなる。その骨は、青春の力に満ちていても、彼と共に塵の中に伏し、彼は、口に蜜を入れ、舌の下に悪を隠す者だ。彼はそれを惜しみ、離さず、それを舌の裏に保つ。しかし、その食物は、腹の中で変わり、彼の内で、まむしの毒となる。彼が飲み込んだ富は、吐き出され、神がそれをその腹から引き出される」
ツォファルは息をついた。彼の言葉は、単なる教義の羅列ではなく、目の前の友人の悲惨な状況に、無理やり当てはめようとする、苦しげな弁明の様相を帯びていた。彼は、ヨブの苦しみを「悪しき者の末路」という型にはめ、そこに救いを見出そうとしていた。彼自身の信仰の安定のためである。
「彼は、まむしの卵を吸い、コブラの舌が彼を殺す。彼は流れや、蜜川の豊かさを見ることがない。労苦して得た物を、飲み干すこともできず、不正な取引で富を得ても、楽しむことはできない。なぜなら、彼は貧しい者を押しのけ、家を奪い、建てずに放置したからだ。彼の満足は続かず、その財宝から逃れることはできない。彼の豊かさが満ちても、窮乏が彼を襲い、あらゆる悲惨が彼の上に降りかかる。神が怒りをもって、その腹に臨ませ、それを食物として彼に降らせるとき、彼は、鉄の武器から逃れ、青銅の弓が彼を貫く。矢が抜かれ、その刃が彼の胆から出て、恐怖が彼に臨む。すべての暗闇が、そのたくわえに備えられ、人が吹きもしない火が、彼を食い尽くし、その天幕に残った者をも焼き尽くす。天はその罪を現し、地は彼に逆らって立つ。その家の富は流れ去り、神の怒りの日に、すべて消えうせる。これが、神を敬わぬ者の受ける分、神から与えられる相続財産である」
ツォファルは、やや早口で、ほとんど息継ぎもせずに、この宣告のような言葉を吐き出した。彼の目の前には、皮膚病に冒され、灰の中に座するヨブがいる。その姿は、彼が語る「悪しき者の滅び」の生き写しのように見えたかもしれない。しかし、ツォファルの言葉には、一つの巨大な、そして残酷な飛躍があった。彼は、結果(滅び)から原因(大いなる罪)を逆算し、ヨブの現在の苦しみを、その論理の確固たる証拠として掲げていたのだ。
語り終えたツォファルは、再び地面に座り込んだ。紅潮した頬の熱は少し冷めたようにも見えたが、彼の胸は激しく上下していた。荒野は再び、重い沈黙に包まれた。風の音だけが、ツォファルの言葉の残響を、乾いた土地の上でからからと転がしているようだった。
ヨブは一言も発しなかった。ただ、彼の目は、ツォファルではなく、遠く、灼熱の陽炎がゆらめく地平線の彼方を見つめていた。そこには、友人の熱弁も、自分自身の無念も、すべてを飲み込む、青く、そして計り知れない深淵が広がっているように思えた。ツォファルの言葉は、確かに聖なる書の言葉を思わせる威厳があった。しかし、その言葉が、灰と膿と絶望にまみれた自分自身に降りかかるとき、それは冷たい石の雨のようにしか感じられなかった。真実かもしれない。しかし、それが今の自分に対する「真実」であるかどうかは、まったく別の問題であった。
ナアマの野の夕陽は、すべてを赤く染め、長い影を落とし始めていた。三人の友人の影は、ヨブの座る灰の山に、重く、暗く、覆い被さっているように見えた。




