エゼキエルは、その日、ケバル川のほとりで座っていた。流れる水の音は、いつもなら彼の心を鎮めるのだが、今日は違った。空気が重く、皮膚にまとわりつくように湿っていた。彼は目を閉じ、深く息を吸い込む。すると、突然、風が起こり、川面にさざ波が立った。風ではない、何かが近づいている。彼の耳の奥で、低いうなり声のような響きが始まる。
それは言葉になった。
「人の子よ、顔をゴグに向けよ。マゴグの地の、メシェクとトバルの首長に向けて。」
エゼキエルの目を見開いた。視界は霞み、川も葦原も消え、別の光景が広がっていった。北の、果てしない荒野。岩だらけの山々、灰色の空、そして鋭い風が吹き抜ける高原。その中央に、一人の男が立っている。背は高く、肩幅が広い。革の鎧をまとい、腰には広幅の剣を帯びている。顔には、長年の風雪が刻まれた深い皺。目は、遠くの何か、手に入れられない何かをずっと見つめているようだった。これがゴグだ、とエゼキエルの心に響いた。その野心は、岩のように冷たく、また火のように激しい。
ゴグの頭の中には、いつも同じ考えが巡っていた。南だ。山々を越えた南の国。人々が「再び建てられた」とささやく、あの町々。彼は聞いていた。かつては廃墟だったが、今は人々が戻り、城壁もない無防備な村々が並んでいると。豊かではないか。略奪するに足る獲物が、そこには転がっている。彼の唇がゆがんだ。笑顔というには、あまりに残忍な表情だった。
「彼らは平和だと思っている。」主の声は、エゼキエルの内側から湧き上がるようだった。「城壁もなく、貫き戸もなく、無防備に住んでいる。だから、お前は思い上がる。略奪し、かすめ取ろうと企む。お前の心に、悪い考えが浮かぶ。」
視界は変わった。ゴグは動き始める。彼の使者が、四方に散っていった。東へ、ペルシアの王たちのもとへ。南へ、クシュの戦士たちのもとへ。西へ、プテの傭兵たちのもとへ。更に遠く、ゴメルとそのすべての部隊へ、ベテ・トガルマの北の果てから来る者たちへ。言葉といっしょに、約束が運ばれる。金銀、武器、そして征服の栄光。それは蜘蛛の巣のように、目には見えない糸で、さまざまな族長、さまざまな野心を一つにまとめ上げていく。
月日が流れた。エゼキエルは、幻の中で、その集結を見せられた。北の広野が、突然、動き出す。最初は点のような影が、地平線に現れる。それが膨らみ、うごめく黒い雲のようになる。馬の蹄の音、鎧の軋む音、野卑な笑い声、異なる言葉の叫びが、渦を巻く。ペルシアの軽装の騎兵、楯と槍を揃えたクシュの歩兵、背の高いプテの戦士たちが描く奇怪な刺青、ゴメルから来る荒々しい騎馬隊。そのすべてが、一つの旗印のもとに集まっている。旗には、彼ら自身もよく理解しない「ゴグ」の紋様が染め抜かれていた。それは巨大な、うねる生き物のようだった。秩序があるようで、実際は渇望と貪欲でしか結びついていない。彼らの目は、どれも同じものを映していた。南の沃土への欲情。
ゴグ自身は、丘の上に立って、軍勢を見下ろしていた。満足そうな、しかしどこか空虚な表情。この力は、自分のものだと思い込んでいる。この計画は、自分が練り上げたと信じている。風が彼の髪を乱す。その風は、ケバル川のほとりにいる預言者にも、同じように吹いていた。
「彼らは大軍だ。」主の声は静かだった。しかし、その静けさの中に、揺るぎない何かがあった。「多くの民と、多くの王を従えている。お前は、密林の猛獣のように、また地上を覆う濃い雲のように、上って来る。その日、お前の心に思い浮かぶ悪い考えを実行に移す時、わたしがそこにいることを、お前は知る。」
進軍が始まった。地響きがする。獣たちが逃げ惑い、鳥たちが群れをなして飛び立つ。彼らは山々を越え、谷を下る。ゴグは先頭に立つ。彼の脳裏には、黄金の器、捕らわれの女たち、永遠に語り継がれる武勲の幻想が去来する。しかし、時折、理由のわからない寒気が背筋を走る。空が、妙に淀んで見える。遠雷のような音が、地の底から聞こえるような気がする。彼は首を振り、その考えを払いのける。気のせいだ。今は勢いこそがすべてだ。
一方、イスラエルの地では、人々は葡萄の収穫を終え、冬支度を始めていた。確かに、戻って来てから年月が経ち、平和が続いていた。彼らは主に感謝し、祭りを祝った。しかし、預言者たちが語った警告のいくつかは、記憶の隅に追いやられていた。無防備な村々。彼らは外敵よりも、隣人との溝や、日々の糧の心配に気を取られていた。北の空に、ほんの少し雲がたなびいているのを見て、ある老人が「嵐が来るかもしれん」とつぶやいた。誰も、それが鉄の鎧の雲だとは思いもよらなかった。
ゴグの軍勢が、イスラエルの山地に差し掛かった時、空が変わった。今まで鉛色だった空が、突然、深い藍色に染まり、次いで不気味な黄褐色に変わった。風が止んだ。重い沈黇が、全軍を包み込む。馬がひそひそと鳴き、足をすくう。兵士たちが、周囲を見回す。何かがおかしい。
その時、最初の雷鳴が轟いた。それは、空からではなく、地の底から湧き上がってくるような音だった。大地が揺れる。岩が裂ける。ゴグが馬から振り落とされ、土埃の中に転がった。彼の耳は、唸りと悲鳴で満たされる。しかし、それは敵の声ではない。味方同士の叫び声だ。「見ろ!向こう側だ!」誰かが絶叫する。
混乱は、瞬く間に広がった。ペルシアの部隊が、突然、クシュの陣営に斬り込んだ。理由はない。ただ、突然の恐怖が、狂気を呼び覚ましたのだ。剣が閃き、槍が飛び、血が土を染める。天変は続く。巨大な雹が、雷光とともに降り注ぐ。一つ一つが拳ほどの大きさで、鎧も革の帽子も貫き、馬も人も無差別に打ち倒す。火も降った。硫黄の臭いを伴う炎の塊が、軍勢の中に落ち、炸裂する。
ゴグは、這い蹲り、周囲を見渡した。彼の誇り高き大軍は、もはや戦場ではなく、地獄の釜と化していた。彼が見たのは、敵ではない。互いに斬り合い、踏みつけ合う自軍の兵士たちの姿だった。疫病のようなものが、あちこちで広がり、男たちが泡を吹いて倒れる。地は、彼らを飲み込むかのように、裂け目をあけていく。
「これは…これは何だ…」彼の声は、枯れ葉のようにかすれていた。彼の野心、彼の計画、彼の力。すべてが、この狂乱の中では、塵よりも軽いものに思えた。その時、彼は「見える」気がした。遠く、はるか南方の、小さな村々。そこには、恐怖に駆られた人々が、家の中に縮こまっている。彼らは戦っていない。何もしていない。ただ、神に祈り、この災いが過ぎ去るのを待っているだけだ。
そして、彼は「聞こえる」気がした。ケバル川のほとりで、一人の預言者が、震える声で語る言葉を。
「主はこう言われる。ゴグよ、お前が来るのは、わたしがお前を呼び寄せるからだ。わたしは、お前を引き出すために、鉤をあごにかける。そして、わが怒りの炎を、お前に吹きかける。山々は揺れ動き、崖は崩れ落ち、すべての城壁は地に倒れる。わたしは、疫病と流血をもって彼をさばき、豪雨と雹、炎と硫黄を、彼とそのすべての部隊、彼とともにいる多くの民の上に降り注がせる。こうして、わたしはわたしの大いなることと、わたしの聖なることを、多くの国民の目に現す。彼らは、わたしが主であることを知るようになる。」
その言葉が、ゴグの最後の思考を打ち砕いた。彼は、単なる駒だったのだ。もっと大きな意志の、怒りの器として選ばれただけの。彼は天を仰いだ。雹と炎が降り注ぐ、汚れた空。彼の目から、悔恨の涙でも、怒りの涙でもない、ただの虚無が流れた。そして、彼の部隊の残党が争うわめき声の中、一つの巨大な雹が、彼の頭上に直撃した。すべてが暗転した。
エゼキエルは、ケバル川のほとりで、深いため息をついた。幻は消えていた。流れる水の音、葦のそよぎが戻ってくる。彼の体は、汗で冷たくなっていた。心は、重い啓示でいっぱいだったが、どこかに静かな確信があった。彼はゆっくりと羊皮紙を広げ、葦のペンにインクを浸した。手はわずかに震えていた。彼は、見たこと、聞いたことを書き留め始めた。言葉は、時に淀み、時に溢れ出るように流れた。完璧な文章ではない。切れ目があり、繰り返しがあり、感情がにじむ。
「ゴグに対して…主の言葉がわたしに臨んだ…」彼は書いた。そして、北の地の野心、集結する大軍、その狂乱と滅び、そしてそれがすべて、主の御手の中にあることを。彼は、神の怒りが、単なる破壊ではなく、認識への途であることも書き加えた。「わたしはわたしの栄光を、諸国民の間に現す。イスラエルが、わたしが彼らの神であることを知るように、諸国民も…」
ペンが止まった。彼は窓の外を見た。夕闇が迫り、最初の星が輝き始めている。平和だ。しかし、彼の書いた言葉は、この平和がどこから来るのか、そしてそれを脅かすものは何かを、後の世代に伝えるだろう。物語は、単なる過去の預言ではない。それは、すべての時代の、傲慢な力に対する、静かで恐るべき警告の物語だった。エゼキエルは巻物を巻き、革ひもで結んだ。仕事は終わった。少なくとも、今日は。




