聖書

豊かさの影に消える契約

その年の秋は、なぜかしら、実りがひときわ豊かだった。畑は重たげに頭を垂れた麦穂で黄金に輝き、オリーブの木々は枝が折れんばかりに実をたわませていた。平野を吹き渡る風には、熟した果実と湿った土の香りが混じり合い、人々の頬には、ただ収穫の喜びだけが映っていた。彼らは笑いながら籠を運び、倉庫は溢れんばかりに満ちていった。しかし、その繁栄の只中で、少しずつ、何かが歪んでいた。豊かさが増せば増すほど、村の入口に立つ石の柱は磨かれ、飾り立てられていった。かつては粗末な石の集まりに過ぎなかったものだ。今では香油が塗られ、細工が施され、時折、夜更けに不気味な炎を灯す祭壇へと変貌を遂げていた。

農夫のエリアブは、朝早く畑に出ながら、ふと足を止めてそれらを見つめた。彼の父の時代には、こんなものはなかった。ヤーヴェにのみ捧げるべき感謝が、いつの間にか、この無言の石へと流れていく。収穫の初物を祭壇に供える人々の姿は、もはや日常の風景になっていた。彼自身、昨年の今頃は、妻と共にほんの少しの穀物を捧げたことを思い出す。あの時、なぜそうしたのか。隣人がするから。そうでなければ、何となく気後れするから。理由は曖昧だった。

その日、村の広場で小さな騒動が起きた。西側の区画の畑をめぐる争いである。豊かさは、人々の心に余裕をもたらすどころか、かえって所有への執着を鋭くしていた。隣同士の男たちが、石で互いを殴り合う寸前までいった。結局、村の長老たちが仲裁に入り、口先だけの和解が取り結ばれた。彼らは堅く握手を交わし、誓いを立てた。しかし、その目には互いへの疑念がくすぶり続けていた。エリアブは遠くからそれを見つめ、胸の奥で鈍い痛みを覚えた。あの握手も誓いも、まるで畑の縁に生える毒草のようだ、とふと思った。見かけは緑で、土を繋ぎ合わせているように見えるが、根は地中で絡み合い、養分を奪い合っている。いつか、それが一斉に芽吹く日が来るのだろうか。

そして、ホセアが現れた。彼はいつもそうだった。人々が豊かさに酔い、祭壇の煙に目をくらませている時、ふとよぎるように姿を現す。痩せた体に粗布をまとい、目だけが異様に輝いている。彼は広場の真ん中に立ち、叫んだ。声は枯れていて、しかし鋭く、祭りのざわめきを切り裂いた。

「お前たちは、自ら王を立てた。自分の力で、自分の手で。それがお前たちの罪だ。ヤーヴェを見失った心が、石と金の偶像を、そして自分自身を王座に据えた。」

人々は嘲笑った。ある者は石を投げつけようとした。豊かな収穫を前に、こんな不吉な言葉を吐く者を、誰が真に受けよう。ホセアは投げつけられる小石にも動じず、続けた。

「あの雄牛の像、ベテルで崇めるあのもの。見よ、その栄光はどこへ去る。いや、それ自体が、お前たちから去って行く。アッシリアに担がれ、褒美として運び去られる日が来る。王は恐怖に沈黙し、祭司は恥じて震える。彼らが頼みとする祭壇こそ、今は悲しみの丘となる。『山よ、我らを覆え』と叫ぶ日が来る。それほどに恐ろしいものが、お前たちの行いの実りとして訪れる。」

エリアブは、柱の陰に身を隠しながら、その言葉を聞いていた。ホセアの目が、一瞬、彼の方へ向いたような気がした。その視線は、彼の心の中にある、あの曖昧な罪悪感を、まさしく射抜くようだった。

預言者の声は低く、しかし確かに広場に響いた。
「お前たちは、不正の鋤で地を耕し、偽りの鎌で刈り取った。お前たちが食べているのは、実りではなく、不平の実だ。お前たちが信頼したのは、戦車の数、勇士の力。しかし、それらは全て、嵐の前の藁のように散らされる。母親たちは岩の上で子供を抱き、泣き叫ぶ。戦いの日、城壁は音を立てて崩れ落ちる。」

彼は少し間を置き、深いため息のような吐息をもらした。
「それでも……。それでも、お前たちに言え。主はこう仰せられる、と。『正義を植えよ。慈愛を耕せ。そして、主を尋ね求めよ。雨が降り注ぎ、義の雨がお前たちを潤すまで。』」

だが、その最後の言葉は、ほとんど誰の耳にも届かなかった。人々はすでに彼の周りから去り、再び収穫の準備に、明日の取り引きに、忙しく動き回っていた。ホセアは一人、埃っぽい広場に取り残された。彼の背中は、かつてなく老けて見えた。

エリアブは家路につきながら、頭の中でホセアの言葉が反響していた。彼は自分の畑に立ち、掌一杯の土を掴んだ。豊かで、柔らかい土だった。しかし、彼の指の隙間から零れ落ちる土は、何故か、かつてないほどに軽く、儚く感じられた。遠くで、祭壇に灯された火がゆらめいている。その炎は、夕闇に吸い込まれてゆく煙のように、まっすぐではなく、くねくねとよろめきながら空へと消えていた。ふと、彼は幼い頃、父が夜更けに囁いた言葉を思い出した。「本当に頼るべきものは、目に見えない。見えるものに縋ると、いつかそれは消える。」

風が強くなり、麦畑がざわざわと波打った。その音は、やがて来る冬の気配を運んでいるようでもあり、あるいは、遥か遠くで蹄の音が轟き始めた前兆のようでもあった。エリアブは、ただ、手に残った土を静かに地面に戻した。何かを決意したわけではなかった。ただ、明日もまた太陽は昇り、彼は鋤を取るだろう。しかし、その時に心に浮かぶ感謝が、いったいどこを向くのか。それを、彼はまだ知らなかった。西の空には、最初の星が一つ、かすかに瞬いている。まるで、消えかけた契約の証しのようだった。

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です