聖書

シェラの誓い

夕暮れが砂漠の地を溶かすように染めていた。昼の灼熱が和らぎ、砂粒がほのかな輝きを帯び始める時刻である。シェラは家族のテントの前にうずくまり、膝を抱えていた。遠くで羊の鳴き声が風に乗り、彼女の耳に届く。もうすぐ父が羊の群れを連れて帰ってくる。その前に、決心しなければならないことがあった。

テントの中では、弟のエリアブが浅い息をついていた。三日前から熱にうなされ、咳だけが乾いた革袋を打つような音を響かせる。彼女は唇を噛んだ。祭司に連れて行くにも、今は宿営の移動中で、すべてが慌ただしい。母は水に浸した布を弟の額に当てながら、無言で顔を曇らせている。

「主よ」シェラの声はかすれたささやきとなって、夕風に消えた。「どうか、エリアブを癒してください。わたしの大切な弟を。」

彼女の指が粗い羊毛の衣の端を弄ぶ。ふと、叔母が去年、同じような熱病で娘を失った時のことを思い出した。叔母は深い悲しみの底から、「主に誓いを立てたのに」と繰り返し呟いていた。その時、シェラは誓いの重さを初めて意識した。軽々しく口にすれば、それは罪となる。しかし、心から捧げる誓いは、主との固い約束となる。民数記の言葉が、父親がラムの皮に記して読んで聞かせたあの夜のことを甦らせた。女の誓いについては、父や夫が聞いた日にそれを認めなければならない。もし聞いた日に禁じれば、その誓いは無いものとされる──。

西の空が葡萄色に変わった時、父ヤケブの姿が丘の上に見えた。羊の群れが彼の周りに白い雲のように漂っている。シェラは立ち上がり、胸の鼓動が早くなるのを感じた。父は厳格な人だった。だが、公正でもある。彼女はテントの奥に走り、母に一言だけ告げた。「わたし、誓います。主に。」

母の目が大きく見開かれたが、何も言わなかった。ただ、ゆっくりとうなずいた。

ヤケブが羊の囲いの柵を閉める音が聞こえる。シェラは深呼吸して、父の前に出た。父は手を洗い、顔の砂埃を拭いながら、「エリアブの様子は?」と低い声で尋ねた。

「変わりません」シェラの声が震えた。「父上。わたし、誓いを立てたいのです。」

ヤケブの手の動きが止まった。彼はゆっくりと娘を見下ろし、長い沈黙を置いた。背後で、焚き火の薪がはじける音だけが響く。

「どんな誓いだ。」

シェラは喉の渇きを感じながら言葉を紡いだ。「エリアブが全快するまで、わたしは濃い酒を飲まず、葡萄の実にも手を触れません。もし主が彼を癒してくださったなら、その後の三ヶ月、髪を切らず、主に仕える者のように過ごします。」

それは、ナジル人の誓いに似ていた。しかし完全ではなく、彼女なりの約束だった。ヤケブの眉間に深い皺が刻まれた。彼は地面に腰を下ろし、うなるように息を吐いた。

「お前はまだ若い。誓いは一生を縛るものだと、わかっているか。」

「わかっています。」

「では、なぜわたしに告げる。主にだけ誓えばよいではないか。」

シェラは父の目をまっすぐ見た。「律法に、父が聞いた日にそれを認めねばならないとあります。わたしの誓いが主の前に立つために、父上の言葉が必要です。」

ヤケブは目を閉じた。彼の顔に、疲労と葛藤の影が揺れた。遠くで、宿営のあちこちから夕食の支度の気配が聞こえる。誰かが詩篇を唱える声が、風に断片的に運ばれてきた。

「お前の母は何と言った。」

「母は、黙って聞いていました。」

「ならば」ヤケブは目を開け、娘の顔をじっと見つめた。「誓いは主の御耳に達するだろう。わたしは、それを禁じない。」

シェラの胸に、熱いものがこみ上げた。彼女はうなずき、跪いて主に感謝を捧げた。父の手が彼女の頭に軽く触れた。

その夜、シェラは弟の傍らで過ごした。誓いを立てたことで、何かが変わったような気がした。不安が消えたわけではない。だが、主との間に一本の糸が張られたような、確かな手応えがある。彼女はエリアブの額に手を当て、「早く良くなれ」と呟いた。

三日後の朝、エリアブの熱が嘘のように下がっていた。彼は弱々しい声で水を求め、シェラは飛び起きて山羊の皮袋から水を注いだ。母が祈りの言葉を繰り返し、父は涙を拭おうともせず、ただ「主は真実なお方だ」と繰り返した。

シェラの誓いの日々が始まった。最初は簡単だと思った。彼女は普段から酒を飲まない。葡萄の季節でもない。だが、ある安息日、隣のテントから葡萄酒の甘い香りが漂ってきた時、彼女はふと、自分が何かを放棄していることを実感した。それは義務ではなく、約束の重みだった。

一月が過ぎた頃、父の親友の家族が訪ねてきた。彼らは収穫を祝い、新しい葡萄酒を持参していた。宴会で、客の主人がシェラにも杯を勧めた。父ヤケブが静かに口を開いた。

「この娘は誓いを立てている。葡萄酒はいただけん。」

客は驚いた顔をし、「それは立派なことだ」と笑った。しかし、シェラはその場にいながら少し孤独を感じた。皆が楽しむものを、自分は遠くから見ているだけだ。誓いとは、共同体の中にあって、しかし少しだけ境界の内側に立つことなのかもしれない。

二ヶ月目、彼女の髪は肩まで伸びた。梳くたびに、誓いを思い出した。ある日、彼女は泉で水を汲みながら、自分の姿を水面に映した。かつては短く刈り込んでいた髪が、今では風になびく。彼女はそこに、目に見えない主との結びつきを見たような気がした。

三ヶ月目の終わりが近づいたある夜、父ヤケブが彼女を呼んだ。テントの入口で、星空が宝石のように散りばめられている。

「お前の誓いの期間が終わろうとしている」父は言った。「律法を守り通したことを、主は喜ばれるだろう。」

シェラはうなずいた。「でも父上、わたしが誓いを立てた時、あなたは禁じることもできたのです。なぜ、認めてくださったのですか。」

ヤケブは遠くの星を見つめながら、ゆっくりと答えた。「誓いは重い。だからこそ、父がそれを支えることもある。お前の心が真実かを見た。エリアブのためだけでなく、主への畏れから出た言葉だとわかった。もし、軽率な誓いならば、わたしは禁じただろう。主は、我々が誓いを軽んじることを望まれない。」

その言葉に、シェラは初めて父の沈黙の思いに触れた気がした。彼女が誓いを立てたあの日、父は一晩中、主に祈っていたに違いない。娘の信仰を認めるか、娘を守るために禁じるか。律法の条文の裏側には、常に生きた人間の悩みがある。

誓いが終わった朝、シェラは母に髪を切ってもらった。短くなった髪が砂の上に落ちるのを見ながら、彼女は少し寂しい気持ちになった。でも、それは約束を果たした清々しさでもあった。エリアブは完全に回復し、また羊の番をしながら歌を口ずさむようになっていた。

その夕方、家族で食事を囲んだ時、ヤケブは突然言った。「シェラ。お前が誓いを守り通したことを、宿営の前で証ししよう。」

シェラは驚いて父を見た。

「それは、律法が単なる言葉ではなく、命の道であることを皆に思い起こさせるためだ」父の目に優しい光が宿っていた。「女の誓いについて、人々は時に誤解する。父や夫の権威だけを強調する。しかし、本当は、家族が互いに信仰を支え合うためのものなのだ。お前の誓いは、この家で認められ、守られ、そして果たされた。」

シェラの目に涙が浮かんだ。彼女は、誓いが自分一人のものではなかったことを悟った。父の承認、母の沈黙の支え、弟の回復─すべてが主の御手の中で織りなされていた。

数年後、シェラはある善良な男性と婚約した。その時、彼女はまた別の誓いを立てようとした。かつて学んだことを思い出し、彼女は婚約者と父に、静かにその言葉を告げた。二人は顔を見合わせ、うなずいた。律法は変わらない。しかし、その中で生きる人々の信仰は、深みを増していく。

荒野の風は、いつも同じように砂丘を撫でる。だが、その風を聞く者の中には、誓いの重さと恵みを覚える者たちがいた。シェラは、主が命じられた道が、決して冷たい規律ではなく、生きた家の温もりの中にあることを、身をもって知ったのである。

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