秋の終わりが、エルサレムの丘を赤く染めていた。ぶどう畑の収穫はとっくに終わり、今はオリーブの実を搾る季節である。だが、町には収穫の喜びがなかった。むしろ、冷たい風が城壁の間を抜け、人々の外套の裾を不安そうに揺らしていた。宮殿では、老いたヨシヤ王の喪がまだ人々の心を重くしていた。彼がメギドの平原で倒れて以来、この国はまるで舵を失った船のようだった。
ヨシヤの子、ヨアハズが王となった。しかし、彼の治世は三か月と続かなかった。エジプトの王パロ・ネコが、北から巨大な影のように迫り、この都を支配下に置いたのだ。ネコはヨアハズを捕え、鎖につないでエジプトへと連れ去った。民はただ茫然と、砂埃をあげて去っていく戦車の列を見送るしかなかった。ネコは代わりに、ヨアハズの兄弟エルヤキムを王位に据え、名をエホヤキムと改めさせた。銀三百タラントと金三十タラント。それが、この王国とその王の値札としてエジプトに支払われた重い賠償金だった。
エホヤキムは十一年間、エルサレムに君臨した。彼は父ヨシヤの道を歩まなかった。重い税を取り立て、隣人を不当に搾取し、預言者たちの声に耳を貸そうとしない。彼の治世のうちに、東の地平線から新たな脅威が台頭し始めていた。バビロンの王、ネブカデネザルである。その力は、かつてのアッシリアのように、全土を覆い尽くさんばかりだった。エホヤキムは三年間、彼に仕えたが、ついに反旗を翻した。それは愚かな決断だった。主が、かつてエレミヤの口を通して語られたとおり、カルデヤ人やアラム人、モアブ人、アンモン人の軍勢が、ユダに向けて送り込まれてきた。それは主の怒りの器として、ユダを滅ぼすために遣わされたのだ。
やがてエホヤキムは死んだ。息子のエホヤキンが十八歳で王位を継いだ。彼の治世は、エルサレムでは三か月と十日という短いものだった。春がまだ浅い頃、ネブカデネザル王自らが大軍を率いてこの都に迫り、城壁を完全に包囲した。兵士たちの盾のきらめきが、オリーブの若葉を揺らす光と混ざり合い、不気味な輝きを放っていた。包囲が続くうちに、宮殿の倉庫の穀物も底をつき始めた。王は、母も、家来も、高官も、宦官も、皆一緒に城門を出て、バビロンの王の前に降伏した。
ネブカデネザルは、主の宮と王宮の宝物をことごとく奪い取った。ソロモンが苦心して造り上げた金の器物も、日常の務めに使われる青銅の器も、全てが戦利品としてバビロンへと運ばれていった。そして王は、エホヤキンとその母、妻たち、高官、この国の有力者たち一万人を捕囚として連れ去った。工匠や鍛冶に至るまで、残る者はただ貧しい民だけとなった。ネブカデネザルはエホヤキンの叔父マタンヤを王とし、名をゼデキヤと改めさせた。
ゼデキヤは二十一歳で王となった。十一年間、エルサレムで治めたが、彼もまた主の目に悪とされることを行った。彼は頑なであった。預言者エレミヤが主の言葉を伝えても、彼は耳を傾けようとしなかった。むしろ、主の名によって立てられた祭司や民までが、あらゆる忌まわしいものに従い、主の宮を汚した。彼らの先祖の神、主は、その憐れみ深いゆえに、使者たちを早くから絶え間なく送り、警告を与え続けられた。「どうか、わたしの民の道から離れ、その悪しき行いを悔い改めよ。そうすれば、わたしがエルサレムとこの宮に定めた災いを見ずに済むのだから。」 しかし、彼らは神の使者たちを嘲り、その言葉を蔑み、預言者たちを罵った。ついに、主の怒りがその民に対して頂点に達し、もはや癒やしようのないものとなった。
ゼデキヤはバビロンの王に反逆した。それにより、ネブカデネザルは全軍を率いて再び上ってきて、エルサレムに対し陣を敷いた。都は完全に包囲され、兵糧攻めにされた。飢餓が町を襲い、堅固な城壁の中ですら、パンさえ見つけることが難しくなっていった。包囲は十九か月に及んだ。ついに、城壁の一角が破られた。カルデヤ軍が怒涛のように町に流れ込んだのは、夜も更けた頃だった。逃げ惑う民の叫び、炎に包まれる家屋の崩れる音、そして何よりも深い絶望が町を満たした。
ゼデキヤ王とその兵士たちは逃げ出した。暗闇に紛れて、王の園の道を通ってアラバへ向かおうとした。しかし、エリコの荒れ野で追い付かれ、捕えられた。彼らはゼデキヤを、リブラにいるネブカデネザルのもとへ引き立てていった。バビロンの王は彼の面前で、彼の子たちを殺した。そして、ゼデキヤ自身の両目をくり抜き、青銅の鎖につないでバビロンへと連れて行った。彼が最後に目にした光景は、息子たちの死だった。
都が完全に制圧された後、ネブカデネザルの家来、侍従長ネブザラダンがエルサレムに上ってきた。彼は主の宮も、王宮も、エルサレムのすべての家屋も焼き払った。壮大なソロモンの神殿は、黒煙を上げて崩れ落ちた。城壁はことごとく破壊された。残った民も、バビロンへと移され、彼らの地は荒れ果てた。かつて乳と蜜の流れる地と謳われたその場所は、野獣の住みかとなった。
こうして、荒れ果てた地は安息を享受した。かつて主がエレミヤの口を通して語られた、七十年の年月が満ちるまで。その時が来て、ペルシャの王キュロスは詔を発した。「天の神、主は、地のすべての国をわたしに賜った。主はユダのエルサレムに御自分の宮を建てることをわたしに任じられた。彼の民の中にいる者はだれでも、上って行くがよい。その神、主が共にいてくださるように。」
しかし、その知らせが捕囚の民のもとに届くまでには、まだ長い時が必要だった。エルサレムの廃墟には、ただ風が吹き抜け、崩れた祭壇の石の間に雑草が生い茂るだけである。主の約束は確かだったが、その実現は、悔い改めと待ち望む信仰という、遠くて辛い道の先にあった。




