粘土の壁に染み込んだ雨の匂いが、羊皮紙の間から立ちのぼる。窓の外では、オリーブの枝が重たげに揺れ、滴り落ちる水音だけが部屋の静寂を刻んでいた。私は羽根ペンを置き、指の節ばった痛みを押し揉んだ。書き続けて半日。灯りの獣脂ろうそくが、短くなり、揺らめく影が壁の亀裂を這う。
今日、書き写すのは、古い歌。遠い、父たちの時代の祈りだ。
「主よ、あなたは御自分の地に恵みを施し
ヤコブの繁栄を元どおりにされました…」
筆が進むにつれ、この言葉が単なる文字の連なりではなく、まるで土の中から掘り起こされた陶器の破片のように、手に取れる実感をもって迫ってくる。ヤコブの繁栄。それは、祖父の祖父が語り継いだ、豊かな麦畑が金色に波打つ話か。それとも、祭りの夜、満月の下で捧げられるぶどう酒の香りか。はたまた、異国の王たちが礼を尽くして貢ぎ物を運んで来た、あの太平の歳月の記憶か。
しかし、すぐ次の句が、その平穏を切り裂く。
「あなたは、御民の罪を赦し
彼らのすべての咎を覆われました…」
ペン先がわずかに震えた。赦し、と。それは、この手に残る、消えない棘の傷跡とは相容れぬ言葉だ。十年前、北の国が押し寄せてきた時、私は槍を持った。初めて人の温もりを奪った時、その目に映ったのは、私と同じく若く、恐怖に歪んだ顔だった。あの日以来、夜の帳が下りると、私は赦されることのない咎を背負って歩いている。国全体が背負っているその重みを、この歌の作者も知っていたのだろうか。
「あなたの憤りをことごとく取り去り
燃える怒りから引き返されてください」
窓から冷たい風が入り込み、灯りが大きく揺れた。憤り。怒り。それは、天から降り注ぐ火の雨としてではなかった。むしろ、無言のうちに訪れた、長い沈黙として感じられた。主の顔が隠された時、地は実を結ばず、人々の心は荒れた。祈りは天井に届かずに崩れ落ち、祭壇の炎も、何かを求める熱意を失って、ただ形式だけを燃やし続けた。あの年月を、私は覚えている。それは、傷の疼きよりも深い、底なしの虚無だった。
書き写す指が次第に早くなる。祈りは、過去を回想するだけでは終わらない。筆者は、今、この瞬間へと言葉を紡ぎ出す。
「わたしたちを生き返らせ
あなたの民に喜びを湧き上がらせてください」
生き返らせ、と。私は一息つき、窓の外を見やった。雨はすでに上がり、雲の裂け目から鈍い陽の光が、濡れた庭石を鈍く照らしている。そこには、戦火で焼け焦げ、半分枯れたと思っていたザクロの木が、今年、わずかながらも赤い蕾を固く結んでいる。生き返り。それは、かつてのような無垢な状態へ戻ることではない。焼け野原の黒土から、違う形で、慎ましく芽吹く命のようなものだ。
そして、歌は頂点へ向かう。私の息が詰まるほどに、美しく、恐ろしい約束が綴られていく。
「慈しみとまことが出会い
義と平和が口づけし
まことは地から萌えいで
義は天から注がれる。」
慈しみとまこと。義と平和。それらが、街角で、市場で、家族の食卓で、「出会い」、「口づけする」世界。それは、遠い夢物語のように思えた。この目は、慈しみを装った偽りも、平和の名の下での不正も見てきた。しかし…ペンが、この句をなぞる時だけ、なぜか胸の奥で鈍い熱さがゆっくりと広がる。天から注がれる義。地から萌え出すまこと。それは、上からの一方的な施しでも、下からの必死の足掻きでもない。主ご自身が地に歩み寄り、私たちの土から湧き上がる真実を受け止めてくださる、そんな交わりの暗示か。
最後の言葉が羊皮紙に定着する。
「主が幸いを授けられるなら
わたしたちの地は実りをもたらすでしょう
義が主の御前を行き
主の足跡に従う道が開けるように。」
書き終えた時、部屋はすっかり暗くなっていた。新しいろうそくに火を移し、ゆらゆらと伸びる炎を見つめた。この祈りを記した者は、その答えを見たのだろうか。それとも、見ずに、それでもなお、この言葉を残したのだろうか。
私は巻物をゆっくりと巻き上げた。窓枠に手をかけ、深呼吸する。雨上がりの空気は、土の生臭さと、どこからか漂う柘榴の花のかすかな甘さが混じっている。遠くで、羊の鈴の音が一つ、響いた。
答えは、まだ見えない。しかし、この祈りを書き写している間、私の中の何かが、焼け野原のざらついた感触から、わずかに潤いを含んだ土へと変わり始めた気がした。義が主の御前を行き――その道は、おそらく、私が明日、足を踏み入れるべき日常のただ中に、おぼろげながらも開かれているのだ。
ペンを置き、私は暗がりの中、そっと目を閉じた。祈りが、言葉を超えて、静かな確信へと沈殿していくのを感じながら。




