シナイの荒野は、朝露が岩肌をぬらす頃にも、もう乾いた風が立ち始めていた。テントの間を抜けるその風は、革や砂、燻した肉の匂いを運び、ここが仮の住まいであることをいつでも思い起こさせた。モーセは幕屋の前で立ち止まり、遠くに連なる山々の輪郭をぼんやりと見つめていた。出エジプトしてから、もう二年目が巡ろうとしている。彼の背中には、この民全体の重さがのしかかっているように時々感じられた。
そのとき、声があった。幕屋の奥から聞こえる呼びかけではない。心の内に、しかし確かに外から来るような、あのなじみの響きだった。「民に告げよ」。モーセはわずかに目を閉じ、頭を垂れた。過越の祭りの時が近づいている。あの夜、エジプトで塗られた血の記憶、パンを急いでこねた記憶、そして死を免れた家族の息遣い。すべてを覚えよ、との命であった。
人々は集められた。モーセの言葉は、砂漠の静けさを破って、ひとつひとつ明確に響いた。「主が定められた時に、過越の祭りを行わなければならない」。その言葉を聞きながら、多くの顔が安堵にほころんだ。定められた秩序、かつての救いの再現。それはこの不安定な旅路において、貴重な錨のようなものだった。
しかし、集会の片隅で、数人の男たちが顔を見合わせ、沈んだ様子であった。そのうちの一人、エリフソンは、前週に父の葬りをしたばかりだった。律法によって、死体に触れた者は七日間、汚れた者とされる。彼の手には、まだあの冷たさが残っているように感じられた。仲間のハナンも同じだ。彼らは祭りに参加することは許されない。ただ、他の人々が子羊を屠り、苦菜を食べ、種入れぬパンを味わう間、自分たちのテントにじっとしているしかない。この思いが、胸を締め付けた。これは単なる儀式の不参加ではない。自分たちの共同体から、あの救いの記憶から切り離されるような、鋭い孤独だった。
彼らは勇気を振り絞ってモーセとアロンの前に進み出た。「なぜ、わたしたちだけが主への供え物をささげることを妨げられなければならないのですか」。エリフソンの声には、怒りではなく、切実な諦めがにじんでいた。自分たちが汚れたのは、仕方のないことだった。父を葬るのは、息子の務めだ。しかし、それゆえに神から遠ざけられるのは、どうにも納得がいかない。
モーセは彼らの言葉を静かに聞いた。彼の額には深い皺が寄った。律法は明確だ。しかし、彼らの目の奥にちらつく悲しみもまた、無視できるものではなかった。「わたしが主の前に尋ねてみよう」。彼はそう答え、すぐに幕屋の方へ歩きだした。民は息をひそめて見守った。こういう時、彼らはこの老いた指導者が、厚い雲のように覆っている神意と、どう言葉を交わすのか、ただただ想像するしかなかった。
答えは驚くほど早く、しかも細やかなものだった。汚れている者も、旅にある者も、すべて主の過越の祭りを守らなければならない。ただ、その時期を一ヶ月遅らせ、第二の月の十四日、夕暮れにそれを守ればよい。同じ子羊、同じ苦菜、同じ種入れぬパンで。しかし、清い状態にありながら故意に祭りを守らない者は、民から断たれる。寄留者でさえ、同じ律法に従わねばならない。
この言葉が告げられたとき、エリフソンの肩から力がすっと抜けた。彼はハナンの腕を握った。切り離されはしない。彼らもまた、遅れてではあれ、共同体の輪の中に戻ってこられる。この融通というものは、神の律法が石のように冷たい規則ではなく、生きている者たちの呻きを汲み取るものだという、微かな確信を彼に与えた。
そして、祭りのことが定められると、荒野の生活はまたいつもの、雲に導かれる日々に戻った。
朝、太陽がシナイの山頂を赤く染めるより早く、多くの者がまず目を向けるのは空だった。幕屋の上には、雲がとどまっていた。それは羊の毛のような柔らかな白さというよりは、燻し銀のような重厚な塊りで、時として太陽を遮って涼しい影を落とし、時として細かく輝いて神の栄光のようでもあった。この雲が幕屋を離れ、ゆっくりと、しかし確実に動き出すまで、民は移動しなかった。テントは解体され、家具は包まれ、すべてが準備されていても、だ。少年たちは「まだか、まだか」とそわそわするが、父親たちは空を見上げてただうなずく。「主が動かれる時までだ」。
ある日、雲は驚くほど早く動き出した。それは午後の遅い時間だった。急ぎの喇叭が鳴り響き、人々はあわてて荷をまとめ、家族を呼び集めた。足早に進む雲の柱の後を、うずまくような人の流れ、家畜の群れが追った。砂埃が舞い上がり、子供の泣き声やら、ろばの鳴き声やらが入り混じる。疲れもあったが、そこには一種の高揚感も流れていた。主が前に進まれる。ならば、わたしたちもついていくしかない。
またある時は、雲は何日も、何週間も、まるで岩にでもなったかのように動かなかった。最初は不安だった。なぜここに? この不毛の地に何があるというのか? やがて時間が経つと、その不安は日常に溶けていった。井戸を掘り、食事の支度をし、子供たちを教え、互いに語り合う。とどまることは、単なる停止ではなく、深い呼吸をするための時なのだと、人々は学び始めていた。エリフソンは、とどまっている間に、遅れた過越の祭りを静かに家族で祝った。火の上の子羊の匂いがテントに充満し、彼は父の顔を思い出し、静かな感謝にひたった。
夜になれば、雲は火となった。闇が荒野を覆い尽くすとき、その炎の柱は、あたり一面を不気味なほどに、しかし心安らぐオレンジ色に照らし出した。それは恐ろしいものであると同時に、守られているという確かな証しでもあった。旅路のど真ん中で野営するとき、遠くで野獣の吠える声が聞こえても、人々はその火を見上げて眠りについた。主が共におられる。この炎は、かつてエジプトを襲った災いの火ではなく、導きの灯りなのだ。
そうして、雲がとどまるにせよ、動くにせよ、民は従った。二日でも、一ヶ月でも、一年に満たない時でも。それは計算や都合を超えたリズムだった。モーセ自身、次の旅立ちがいつになるか、予測できなかった。彼はただ、幕屋の前で、この消えたり燃えたりする雲と火を見つめながら、主の思いは深く、人の道は主に委ねるほかないと、静かに思いを巡らせるのだった。過越の祭りが過去の救いを記念するものであるなら、この雲は、今ここで進行している救い―混乱と秩序の狭間で、絶えず主の時を待ち、主の動きに身をゆだねるという、生きる信仰そのものの形であった。
やがて、ある朝、雲がまた動き始める。民はためらうことなく、テントの釘を抜き、荷車を整え、家族の手を握る。目的地はわからない。ただ、前にある雲の柱が、唯一の道しるべだ。砂漠の風が、また彼らの行く手で渦を巻き始めた。




