聖書

主を求める夕べ

(語り手:神殿に仕えるひとりの下級祭司の視点から)

それは、暑さがまだ地面に残る夕暮れ時のことだった。私は香料の調合に疲れ、神殿の外廊で休んでいた。十五年という歳月は、アサ王の治世に、奇妙な翳りをもたらしていた。父祖ダビデやソロモンの時代のような輝きはなく、むしろ、北のイスラエルとの絶え間ない小競り合いや、人々の間にこっそりと忍び込むカナンの習俗が、まるでぶよのように国を蝕んでいるように感じられた。私自身、毎朝の務めにどこか空虚さを覚えていた。形式は守る。しかし、心はどこか遠くにある。

そのとき、一陣の風が吹き、砂埃が舞い上がった。見ると、一人の男が、群衆を引き連れて王の前に進み出る。彼はアザルヤ。オデデの子である。身分は高くはないが、その名は、主が助け給う、という意味だ。彼の顔は、長旅に疲れているように見えたが、目だけは、炉の炭火のように熱く輝いていた。

王は戦いの準備に忙しいところだった。エチオピヤ人ゼラハの大軍を退けたとはいえ、国境は依然として騒がしい。しかしアザルヤは、王の前で、静かに、しかし確かに語り始めた。

「アサ王よ、ユダとベニヤミンのすべての人々よ、聞け。」

彼の声は、低く、しかし神殿の石壁にまで響き渡るような力を持っていた。ざわめいていた兵士たちも、役人たちも、息を呑んだ。

「主はあなたがたと共におられる。あなたがたが主と共にあるならば。もしあなたがたが主を尋ね求めるならば、主はあなたがたにご自身を現される。しかし、もし主を捨てるならば、主もあなたがたを捨てられる。」

それは、複雑な教えではなかった。子供でも理解できる、単純で厳しい言葉だった。しかし、その瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。私の毎朝の空虚な儀式は、まさに「主を尋ね求めていない」ことではなかったか。形だけの香をたき、形だけの祈りを捧げること——それは、主を「捨てる」ことに等しいのではないか。

アザルヤはさらに、過去を語った。長い背教の時代、国には真の神も、教える祭司も、律法もなかった。人々は右往左往し、国々は互いに苦しめ合った。それは、彼らが主を捨てた故の混乱だ、と。その言葉は、今の私たちの姿と重なった。確かに、田舎の高台にはアシェラ像が立ち、父たちはバアルに祈りをささげる者も少なくない。不安が国を覆っている。

「しかし、あなたがたは勇気を出せ。弱気になってはならない。あなたがたの働きには必ず報いがある。」

アザルヤの言葉は、王の心を揺さぶった。私は王の顔を見た。これまで武勇に優れ、果断な王として知られていたアサの表情が、まるで少年のように震えている。彼の目には、恐怖ではなく、ある激しい決意の色が浮かんでいた。

その後の王の行動は、目を見張るものだった。まるで、長い眠りから覚めた獅子のようであった。国中から偶像が取り除かれた。アシェラ像は斧で切り倒され、香を焚く高台は石一つ残さず破壊された。私の父が密かに大切にしていた、ギブオンから来た家庭の守り神の小像も、王の使者によって容赦なく取り上げられ、粉々にされた。父は悔しそうだったが、どこか、ほっとしたような表情も浮かべていた。

そして、ついにあの日が来た。ユダとベニヤミンに加え、エフライム、マナセ、シメオンから人々が集まってきた。主を求める者たちが、エルサレムに押し寄せたのだ。それは、巡礼の季節よりもはるかに多くの、熱気に満ちた群衆だった。彼らの目は、飢えているようだった。本当の神を、探し求めていた。

第三の月、大いなる集会の日。神殿の前の広場は、人、人、人で埋め尽くされた。再び清められた青銅の祭壇の前で、アサ王は全人民と共に、主にいけにえをささげた。七頭の雄牛と七頭の雄羊を。煙は天に立ち上り、その甘い香りは、これまでにない清らかさを感じさせた。それは、形だけの香ではなく、心からの悔い改めの香りだった。

そして王は立ち上がり、すべての民に向かって宣言した。

「我々は、我々の父祖の神、主を尋ね求める。」

その一言で、広場に雷のような歓声が沸き起こった。人々は泣き、叫び、笑った。長い間、失っていたものを、ようやく取り戻した喜びに。

さらに、人々は声を一つにして誓約をした。もし主を捨てて、他の神々を尋ね求める者がいれば、それは死をもって罰せられる、と。老人も若者も、女も子供も、喜びと真剣な面持ちで、その誓いを新たにした。彼らの声は、山々にこだました。それは、恐怖からの叫びではなく、自由への、確かな契約の宣言だった。

集会の後、国は変わった。人々は、ただ表面的に従うのではなく、心から主を喜び求めるようになった。かつてはうつむきがちだった農民の顔に、安らぎが戻った。主を「見つけた」者は、心が満たされていたからだ。主は、彼らに四方の平安を与えられた。

私自身も変わった。毎朝、香料を調合する手つきは以前と同じだが、その心は、香と共に祈りとして天に上っていく。私は、あの夕暮れ、アザルヤの言葉を聞いたことを、生涯忘れないだろう。それは、単なる預言ではなく、死にかけていた国の脈打つ心臓に、直接注がれた命の息吹だった。

アサ王は、彼の祖母マアカが造った憎むべきアシェラ像を切り倒し、彼女を太后の位から退けた。老婆は抗議したが、王の顔には迷いがなかった。主に全き心を向ける者には、血縁でさえも、邪魔になることがあるのだ。

それからしばらくして、私は神殿の庭で、アザルヤに再び会った。彼は、再び旅立つ準備をしていた。
「もう去られるのですか」と私は尋ねた。
彼は、遠く北の山々を見つめながら、静かに頷いた。
「主の言葉は、一度語られれば、それを聞いた者の心に生き続ける。私の役目は終わった。あとは、あなたたちが、あの日に誓ったことを、日々のパンを食べるように、味わい続けることだ。」

彼は去っていった。しかし、彼の言葉は、この国に、石のように、いや、石よりも堅く刻み込まれた。私たちは、主を尋ね求めた。そして、主は確かに、私たちと共におられることを、肌で感じ取っていた。それは、戦いの勝利よりも、豊作よりも、深い、底知れぬ平安の確信だった。すべては、あの暑い夕暮れ、一人の預言者が、疲れた顔で、しかし火のような目を輝かせて語った、あの単純な約束から始まったのである。

「もしあなたがたが主を尋ね求めるならば、主はあなたがたにご自身を現される。」

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