聖書

祖父の知恵、父の灯火

雨の朝だった。軒端を伝う雫の音が、土間に規則正しいリズムを刻んでいた。祖父は炉端で座り直すと、火箸で灰を少し掻きならした。

「お前はもう十二だな」

孫の淳はうなずいた。祖父の声には、いつもの穏やかさの底に、重い何かが潜んでいるように感じた。

「今日は、お前の父の話をしよう」

淳の父、甚三郎は村きっての木匠だった。五年前、城下町の普請現場で足場から落ち、帰らぬ人となった。母はそれからずっと、機織りで家計を支えていた。

「お前の父はな、口数は少なかったが、その仕事ぶりは誰もが認めていた。休みの日も、誰かの壊れた柵を直したり、孤児らのために粗末な玩具を削ったりしていた。収入は多くないのに、なぜか我が家の米櫃は空になることがなかった。近所の婆様が病の時は、薬代をそっと置いていったものだ」

祖父は灰の中に、消えかかった炭を探し出し、そっと息を吹きかけた。赤い火の粉が舞い上がった。

「反対に、村の北側に住んでいた清兵衛という男を知っているか。あれは口先がうまく、いつも大きなことを言っていた。新しい商売で一攫千金を得るだの、庄屋さんと懇意だの。だがな、実際には何一つ続かず、借金だけが膨らんでいった。ある夏の夕方、彼は家人を置いて夜逃げ同然で村を去った。あれから三年、消息は知れぬ」

淳は父の仕事場だった物置を思い出した。木の香りと、几帳面に並べられた道具の残骸。父の手は大きく、節くれだったが、子供の頬を撫でる時は驚くほど優しかった。

「お前の父は、旱魃の年でも、隠し持っていた種籾を分けてくれた人がいた。一方、清兵衛は、一時は繁盛したように見えた酒屋に、誰も近づかなくなった。父の葬儀の日、村中の者が集まった。清兵衛の家が火事になった時は、消火に駆けつけた者はわずかだった。人は口先ではなく、その手の働きと、心の内で覚えているのだ」

雨音が強くなり、やがて弱まった。祖父はゆっくりと続けた。

「知恵とはな、頭が良いことではない。お前の父のように、黙って正しい道を選び続けることだ。悪事に加担しないこと。人を陥れる言葉を吐かないこと。たとえそれが、少しの得にもならなくともだ」

「父さんは…失敗しなかったのですか?」

祖父の顔に、初めて深い皺の笑みが浮かんだ。

「ああ、失敗したとも。二十の頃、気性が荒くて、師匠と大喧嘩をして飛び出したことがある。三年間、諸国を放浪した。しかし、そこで己の未熟さを知った。帰ってきて、師匠の前にひれ伏して詫びた。その態度が、真の知恵の始まりだった。隠すことなく過ちを認める者は、救われる」

夕方、雨が上がった。西の空に、細い雲の切れ目から光が差し、庭の柿の木に実った果実を照らした。淳は、父が植えたというその木を見上げた。

「祖父さん、僕は大工にはなれないかもしれない」

「よいではないか」祖父は温かい目で孫を見た。「お前はお前の手で、正しい道を耕せばいい。言葉を慎み、人を慈しみ、約束を守る者になれ。それだけで、お前の人生の畑は実りで満ちる。たとえ、目に見える富は少なくとも、心の倉は朽ち果てることがない。お前の父は、立派な富を残して逝った。村人の感謝と、お前という希望だ」

その夜、淳は寝床で、箴言の言葉を思い巡らせた。祖父が時折、暗誦していたあの言葉たちが、今、血となり肉となって胸に響いてきた。

「正しい者の賃金は命をもたらし、悪者の収入は罪に向かう…心に訓戒を保つ者は命に向かい、教訓を捨てる者は迷う…憎しみは争いを引き起こし、愛はすべての罪を覆う…」

窓の外には、雨上がりの月が、洗われたように清らかに輝いていた。彼は、父のあの大きな手が、何かを握りしめるように、自分の小さな手をぎゅっと閉じてみた。堅い、温かな何かが、そこに宿っているような気がした。明日からも、この小さな家で、祖父と母と、静かに正しい日々を積み重ねていこう。一つ一つの朝が、無言の知恵で、彼を育ててくれるに違いない。

月は静かに雲の彼方へ移り、部屋は深い闇に包まれた。闇の中でも、炉の灰の下には、ほのかな火種が次の朝まで確かに息づいているように、彼の胸の内にも、消えることのない灯がともった。それは、祖父から父へ、父から子へと、言葉以上に、在り様そのもので伝えられた、ゆるぎない知恵の灯火であった。

返信する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です