**創世記31章:ヤコブの逃亡と神の導き**
ラバンの家で二十年の歳月が流れた。ヤコブは、ラバンの二人の娘、レアとラケルを妻とし、多くの子供たちに恵まれ、羊や山羊の群れも増えていた。しかし、ラバンの息子たちの心には次第にねたみが芽生え、「ヤコブは我々の父のものをすべて奪い、その富を築いた」と陰でささやくようになった。
ある夜、ヤコブは夢を見た。そこには、神の御使いが現れ、「あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神であるわたしは、あなたに告げる。あなたが今いるこの地を立ち、あなたの生まれ故郷、親族のところに帰りなさい。わたしはあなたと共にいる」と語った。
ヤコブは目を覚ますと、すぐに妻たちを呼び寄せ、神の言葉を伝えた。
「あなたたちの父は、私を欺き、十度も私の報酬を変えた。しかし、神は彼の悪を許さず、私を守ってくださった。神が私に『ラバンの家を離れ、あなたの故郷に帰れ』と命じられたのだ」
レアとラケルは顔を見合わせ、頷いた。
「父の家に、私たちの受けるべき嗣業はもうありません。父は私たちを外国人同然に扱い、私たちのために蓄えたものもすべて使い果たしました。神が父から取り上げてあなたに与えられたものは、すべて私たちと子供たちのものです。ですから、神があなたに仰せられたとおりにしなさい」
こうしてヤコブは、妻や子供たちをらくだに乗せ、すべての家畜と財産を集め、密かにパダン・アラムを出発した。ラケルは父ラバンの家のテラフィム(家の神像)をこっそり持ち出した。彼らはユーフラテス川を越え、ギレアドの山地へと向かった。
三日後、ラバンはヤコブの逃亡を知った。激怒した彼は、一族を引き連れ、七日の間、追跡を続け、ついにギレアドの山地でヤコブ一行に追いついた。
しかし、その夜、神はラバンの夢に現れ、警告した。
「ヤコブに対して、良いことも悪いことも言ってはならない」
ラバンは神の警告を畏れ、ヤコブに近づくと、苦々しい表情で言った。
「なぜ私に告げずに逃げたのか? 私は喜びの歌と、琴や太鼓で、あなたを送り出したであろうに。あなたは私の孫や娘たちに別れの口づけさえさせなかった。これは愚かな行いだ。私にはあなたを害する力があるが、昨夜、あなたの父の神が私に警告された。しかし、なぜあなたは私の神像を盗んだのか?」
ヤコブは知らず、こう答えた。
「私はあなたが娘たちを奪うのではないかと恐れたからです。しかし、あなたの神像を持っている者がいれば、その者は生かしてはおけません。私たちの一族の前で捜してください。もし誰かが持っていれば、その者は死罪です」
ヤコブはラケルが盗んだことを知らなかった。ラケルは神像をらくだの鞍の下に隠し、その上に座っていた。ラバンは天幕から天幕へと捜索したが、何も見つからなかった。
ついにヤコブは怒りを爆発させた。
「私にどんな罪があるというのですか? あなたは私を追いかけ、私のすべてを調べました。何か見つかりましたか? 二十年の間、私はあなたのもとにいました。あなたの雌羊や雌山羊は子を産み損ねませんでした。また、私は群れの雄羊を食べたことはありません。野獣に奪われたものは、私が償いました。昼は暑さに、夜は寒さに耐え、眠る暇もありませんでした。この二十年、私はあなたの家のために尽くし、十四年は二人の娘のために、六年はあなたの群れのために働きました。しかし、あなたは十度も私の報酬を変えました。もし、私の父の神、アブラハムの神、イサクの神が私と共におられなかったら、あなたはきっと私を何も持たせずに去らせたでしょう。神は私の苦しみと労苦を見て、昨夜、あなたを戒められたのです」
ラバンは沈黙し、やがて言った。
「娘たちは私の娘、子供たちは私の孫、群れは私の群れ、あなたの目の前にあるものはすべて私のものだ。しかし、今、私は何をすればよいのか?」
そして、ラバンは一つの提案をした。
「さあ、私たちは契約を結ぼう。それは私とあなたとの間の証となる」
ヤコブは石を積み上げ、それを記念の柱とした。ラバンはそれを「エガル・サハドタ」(証の堆)、ヤコブは「ガルエド」(証の堆)と呼んだ。
「この石塚が私たちの間の証となる。もし私がこの石塚を越えてあなたを害するなら、神が私を罰してくださるように。また、もしあなたがこの石塚を越えて私を害するなら、神があなたを罰してくださるように」
こうして、二人は神の前で誓いを立て、和解した。
翌朝、ラバンは娘たちと孫たちに別れの口づけをし、祝福して去って行った。ヤコブはそのまま旅を続け、神の約束の地へと進んでいった。
こうして、神はヤコブを守り、彼を導かれた。ヤコブは、神が共におられることを確信し、約束の地へと歩みを進めたのである。