聖書

「士師記2章: 背信と救いの繰り返し」

**士師記2章に基づく物語**

ヨシュアの死後、イスラエルの民は新たな時代を迎えた。ヨルダン川を渡り、約束の地に入ってから数十年が経ち、かつての戦いを知らない新しい世代が成長していた。彼らは先祖たちがエジプトの奴隷状態から救い出され、紅海が分かれた奇跡や、荒れ野での神の導きを聞かされて育った。しかし、その話は遠い昔の伝説のように感じられ、次第に心から離れていった。

### **神の命令を忘れる民**

主はかつて、イスラエルの民にこう命じられた。「この地に入ったなら、先住の民と契約を結んではならない。彼らの祭壇を打ち壊し、偶像を粉砕せよ。もし彼らと共に住むなら、彼らの神々に惑わされ、あなたがたは滅びるであろう。」(士師記2:2)

しかし、新しい世代のイスラエル人は、カナン人やペリジ人、ヒビ人などと平和に暮らし始めた。彼らは異教の習慣に興味を持ち、やがてバアルやアシェラといった偶像を拝むようになった。主の怒りは燃え上がった。

### **主のさばきと憐れみ**

「あなたがたはわたしの声に従わず、契約を破った。それゆえ、わたしはこの地の民をあなたがたの前から追い払わない。彼らはあなたがたにとって、わなとなるであろう。」(士師記2:20-21)

主はイスラエルを敵の手に渡された。周囲の国々が攻め込んできて、町々は略奪され、人々は苦しんだ。彼らが叫び、悔い改めると、主は憐れみ、士師(さばきつかさ)を送って救いを与えられた。

最初の士師はオテニエルだった。彼は主の霊に満たされ、イスラエルを圧迫していたアラムの王クシャン・リシャタイムを打ち破った。40年間、国に平安が訪れた。しかし、オテニエルが死ぬと、民は再び偶像礼拝に戻り、主の怒りを買った。今度はモアブの王エグロンが攻め込み、18年間もイスラエルを支配した。

### **繰り返される背信と救い**

苦しみの中、民はまた主に助けを求めた。すると、主は左利きの勇士エフデを起こされた。彼はモアブの王エグロンを倒し、80年間の平和をもたらした。しかし、エフデの後も、民は主を忘れ、偶像に心を奪われた。

主は彼らをペリシテ人の手に渡された。20年間、彼らは苦しみ、再び叫んだ。すると、今度は女預言者デボラが立ち上がり、バラクと共に戦い、カナンの将軍シセラを打ち破った。40年間、国は安らぎを得た。

### **終わりのない背信の輪**

しかし、士師が死ぬたびに、民は主を捨て、異教の神々にひれ伏した。主は彼らを試練に遭わせ、悔い改めを待ち続けられた。

「彼らが歩む道、先祖たちが主の戒めに従って歩んだかどうかを試すためである。」(士師記2:22)

イスラエルの歴史は、背信と悔い改め、救いと堕落の繰り返しだった。主は忍耐強く、彼らを愛し、導き続けられたが、民はなかなか心を尽くして主に従おうとしなかった。

### **教訓**

この物語は、神の民がいかに容易に道を外れるかを示している。約束の地に入りながら、彼らは周囲の文化に溶け込み、神よりも目に見えるものに心を奪われた。しかし、神は彼らを見捨てず、悔い改めの叫びを聞き、救いの手を差し伸べ続けられた。

今日においても、私たちはこの警告を心に留めるべきである。世の誘惑に負けず、ただ主にのみ従い続ける者でありたい。主は真実な方であり、私たちが立ち返るなら、いつでも赦しと回復を与えてくださる。

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