**マルコによる福音書14章**
**オリーブ山での予告**
過越の祭りと種なしパンの祭りが二日後に迫ったころ、イエスは弟子たちと共にエルサレムの郊外、オリーブ山のふもとにいた。夕暮れの光が山肌を赤く染め、遠くには神殿の金色の屋根が輝いていた。
イエスは深い悲しみをたたえた目で弟子たちを見つめ、静かに語り始めた。「あなたがたは知っているでしょう。二日後には過越の祭りが始まる。人の子は十字架につけられ、裏切られるのだ。」
弟子たちは顔を見合わせた。ペトロが前のめりになり、「先生、そんなことがあるはずがない! 私は必ずあなたをお守りします!」と熱く訴えた。
イエスは彼の目をじっと見つめ、「ペトロ、本当にそうか? 今夜、鶏が二度鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言うだろう」と預言した。
ペトロは激しく否定した。「たとえ死ぬことがあっても、あなたを否定することなどありません!」他の弟子たちも同様に誓った。しかし、イエスの目には深い哀しみが浮かんでいた。
**ベタニアでの香油**
そのころ、イエスはベタニアの村で、シモンというらい病人の家に招かれていた。夕食の席で、一人の女性が静かに近づいた。彼女はマルタとマリアの姉妹のうちの一人、マリアであった。
彼女は高価な純粋なナルドの香油の入った石膏の壺を持ち、ためらうことなくそれを割り、イエスの頭に注ぎかけた。香油の甘く濃厚な香りが部屋中に広がり、弟子たちは驚きの目を向けた。
ところが、イスカリオテのユダが憤然として立ち上がった。「なぜこんな無駄遣いをするのか! この香油は三百デナリオン以上もする。貧しい人々に施すべきだ!」
他の弟子たちも同意し、マリアを非難し始めた。しかし、イエスは静かに手を挙げて彼らを制した。「彼女を責めてはならない。彼女は良いことをしたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと共にいる。しかし、私はいつも共にいるわけではない。彼女は私の葬りのために、この香油を用いたのだ。」
ユダの顔に怒りの色が浮かんだが、イエスはそれを見逃さなかった。
**裏切り者の計画**
その夜、ユダは密かに祭司長たちのもとへ向かった。エルサレムの夜道は冷たく、彼の心もまた暗く沈んでいた。
「あの男を引き渡せば、お前たちはどれだけくれる?」ユダは祭司長たちに問うた。
祭司長たちは目を輝かせ、「銀貨三十枚だ」と答えた。
ユダは頷き、その瞬間、彼の心にサタンが入り込んだ。彼はイエスを売る計画を密かに進め、機会をうかがうようになった。
**最後の晩餐**
過越の食事の夜、イエスは十二人の弟子たちと共に二階の広間で食事を共にしていた。部屋には柔らかなランプの明かりが揺れ、パンと葡萄酒の香りが漂っていた。
イエスはパンを取り、祝福して裂き、弟子たちに分け与えた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」
次に杯を取り、感謝の祈りを捧げて彼らに渡した。「これはわたしの血、新しい契約の血である。多くの人のために流される。」
弟子たちは神妙な面持ちでそれを受け取ったが、イエスは深い悲しみを込めて言った。「あなたがたのうちの一人、今私と共に食事をしている者が、私を裏切ろうとしている。」
弟子たちは動揺し、「まさか私ではないでしょう?」と互いに問い始めた。
イエスはユダの目をじっと見つめ、「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい」と言った。ユダは青ざめて席を立ち、暗闇に消えていった。
**ゲツセマネの祈り**
食事の後、イエスは弟子たちを連れてゲツセマネの園へ向かった。夜風がオリーブの木々を揺らし、月の光が葉の間から漏れていた。
イエスはペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れ、さらに奥へ進んだ。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここで目を覚ましていなさい」と言い、彼らを残して一人で祈り始めた。
地面にひれ伏し、イエスは叫んだ。「アッバ、父よ。あなたにはすべてが可能です。この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、あなたのみこころが行われますように。」
汗が血の滴るように地に落ちた。イエスの苦しみは極限に達していた。
しかし、戻ってみると、弟子たちは疲れから眠り込んでいた。イエスは悲しげにペトロに言った。「シモン、眠っているのか? たとえ一時間でも目を覚ましていられないのか?」
三度目に祈りを終えて戻ると、弟子たちはまたもや眠っていた。その時、遠くから松明の光が近づき、武装した群衆の足音が聞こえてきた。
**イエスの逮捕**
ユダが先頭に立ち、祭司長や律法学者たちの送った兵士たちが園に押し入った。ユダはあらかじめ合図を決めていた。「私が口づけする者がイエスだ。その男を捕まえろ。」
イエスは静かに前に進み出た。ユダは近づき、「先生」と言って口づけした。
イエスは彼の目を見つめ、「ユダ、口づけをもって人の子を売るのか」と悲しげに言った。
兵士たちがイエスに手をかけると、ペトロが剣を抜き、大祭司の僕マルコスの耳を切り落とした。
しかし、イエスはペトロを制し、「剣をさやに収めなさい。父が与えてくださったこの杯を、どうして飲まないことができようか」と言い、マルコスの耳に触れて癒した。
そして、イエスは捕らえられ、夜の闇の中を連れ去られていった。
**ペトロの否認**
イエスが大祭司の屋敷に連行されると、ペトロは遠くからついて行き、中庭で下僕たちと共に火にあたっていた。
すると、一人の女中が彼を見つめ、「あなたもあのナザレのイエスと一緒だった」と言った。
ペトロは慌てて否定した。「何を言っているのか、わからない。」
しばらくして、別の者が「確かにお前はあの仲間の一人だ」と言うと、ペトロは再び強く否定した。
そして、しばらくして、周りの者たちが「お前の言葉遣いでガリラヤ出身だとわかる。間違いない」と迫ると、ペトロは呪いの言葉まで使い、「そんな男は知らない!」と叫んだ。
その瞬間、鶏が鳴いた。
ペトロはイエスの言葉を思い出し、外へ出て激しく泣いた。
一方、大祭司の屋敷では、イエスに対する不当な裁判が始まっていた。偽証者が次々と立ち、祭司長たちはイエスを死刑に定めようと躍起になっていた。
夜明け前の冷たい空気の中、イエスは静かに十字架への道を歩み始める運命を受け入れていた。