**ローマ人への手紙11章に基づく物語**
ある日のこと、エフェソの町に住む老いたラビ、エリエゼルは、オリーブの木陰で聖書を読んでいた。彼の指は羊皮紙の上をゆっくりと滑り、パウロがローマの信徒たちに宛てた手紙の言葉を追っていた。
「神は、ご自身の民を退けられたのでしょうか。決してそんなことはありません。」
エリエゼルは深く息を吸い込み、その言葉を噛みしめた。彼自身、ユダヤ人として長年、神の律法を守り、先祖の約束を信じてきた。しかし、今、多くの同胞がイエスをメシアとして受け入れず、異邦人たちが次々と信仰に入っている。この現実は、彼の心に複雑な思いを呼び起こした。
ふと、彼は幼い頃、祖父から聞いたオリーブの木のたとえを思い出した。
***
その夜、エリエゼルは夢を見た。
彼は広大なオリーブ畑に立っていた。そこには一本の堂々としたオリーブの木がそびえ、その枝は天に向かって力強く伸びていた。木の根元には、神の慈愛に満ちた光が降り注ぎ、周囲を温かく照らしていた。
しかし、よく見ると、いくつかの太い枝が折られ、地面に落ちていた。エリエゼルは胸を締め付けられる思いで、その枝を拾い上げた。枝はまだ生きているようで、断面からは清らかな樹液が滲み出ていた。
「これは……イスラエルの民か……」
彼がそうつぶやくと、背後から優しい声が聞こえた。
「折られた枝を見て悲しむことはない。もし彼らが不信仰によって折られたのであれば、あなたは信仰によって立っているのだ。高ぶってはならない。むしろ恐れなさい。」
振り向くと、そこにはパウロの姿があった。彼は柔和な目でエリエゼルを見つめ、続けて言った。
「神は、折られた枝さえも再接ぎすることがおできになる。もし彼らが不信仰を捨てるなら、慈愛深い神は再び彼らを元の木に戻してくださる。あなたが今、その恵みに与っているように。」
エリエゼルは目を覚ました。窓の外には、夜明けの光が差し始めていた。
***
数日後、エリエゼルは会堂で教えを説く機会を得た。彼はパウロの手紙を手に取り、静かに語り始めた。
「兄弟たちよ。神の選びのご計画は深く、私たちの理解を超えています。異邦人が今、信仰によって義とされるのは、実はイスラエルの民に対する神の憐れみなのです。彼らの不従順が、私たちに救いをもたらしたように、私たちの従順が、いつか彼らをも奮い立たせるでしょう。」
会衆の中には、ユダヤ人もいれば、異邦人もいた。皆、真剣な面持ちで彼の言葉に耳を傾けていた。
「神の賜物と召命とは、変えられることがありません。かつて神に愛された民は、今も愛されています。たとえ一部の者が頑なになっても、神の知恵はそのような者さえもご自身の救いの計画に用いられるのです。」
エリエゼルは、ふと夢で見たオリーブの木を思い出し、最後にこう結んだ。
「私たちは、野生のオリーブの枝として、この豊かな根に接がれました。しかし、元からの枝が再び接がれる時、どれほど大きな祝福となることでしょう。神の富と知恵は、計り知れないのです。」
その言葉に、会堂は深い静寂に包まれた。そして、一人のユダヤ人青年が涙を浮かべながら立ち上がり、こう言った。
「先生……私は、イエスこそ約束のメシアであると信じます。」
エリエゼルの目にも、喜びの涙が光った。彼は心の中でつぶやいた。
**「ああ、神の知恵と知識の富よ。そのさばきは測りがたく、その道は尋ねきれない。」**
こうして、神の民に対する永遠の愛と、その計り知れない救いの計画は、新たな時代へと続いていくのだった。