三日目の朝、山の輪郭が東の空にぼんやりと浮かび上がる頃、宿営はまだ深い眠りの中にあった。しかしモーセはとっくに目を覚まし、羊皮の外套をまとって幕屋の前で跪いていた。露が革の靴を濡らし、夜明け前の風が砂粒を転がす音だけが聞こえる。彼はこの四十日間、喉の奥で滾る神の言葉を噛みしめ続けてきた。「あなたがたは、わたしの宝の民となる」
突然、地平線の向こうで雷鳴が轟いた。いや、雷ではない。あれは太鼓の音のようにも、あるいは巨大な岩盤が裂ける音のようにも聞こえる。モーセが顔を上げると、山頂を覆う雲が炎のように渦巻き始めた。それは煙でも蒸気でもなく、生き物のように脈動する光の塊だった。
「起きよ、主の民よ!」
モーセの叫び声で人々が幕屋から溢れ出た。女たちは幼子を抱き締め、男たちは息を呑んで西の山を見つめる。雲は今や山全体を覆い尽くし、その中から琥珀色の閃光が走る。轟音は次第に大きくなり、百の瀑布が同時に落ちるような響きとなって砂漠を揺さぶった。
「あれは…主の御声だ」と、ろばの手綱を握りしめていた老いたレビ人が呟いた。「エジプトの災いの時と同じだ」
モーセは民を連れて山麓まで進んだ。地面は微かに震え、足元の小石が踊る。神が警告された通り、人々が山に触れれば死ぬという緊張が空気を張り詰めさせる。突然、雲の中から銀のラッパのような音が響き渡り、それはあまりにも清らかで、聴く者の胸を締め付けた。
「モーセよ、登って来い」
声は轟音を突き抜けて、しかし誰の耳にも届かず、ただモーセの魂に直接響いた。彼は振り返り、アロンに合図を送る。兄の頬には涙が光っている。
登り始めた斜面は急で、足場の悪い岩場が続く。しかしモーセの歩みは確かだった。四十年前、この同じ山で燃える柴に出会った時のことを思い出す。あの時と今、何も変わっていない。変わりゆくのはただ人間だけだ。
中腹あたりで彼は立ち止まった。眼下に広がる宿営は、蟻のように群れる民の不安と期待で満ちている。そして頭上には、雷光と暗雲が渦巻く聖域。その境界で、モーセは深く息を吸い込んだ。
「私はここにいます」
雲がゆっくりと渦を巻き、山頂近くの岩肌が露わになる。そこには青白い炎のような光が漂い、それは目を傷めるほど純粋な輝きだった。モーセはうつむき、塵の中にひざまずく。
「エジプトの奴隷の家から、彼らを運んだ鷲の翼を覚えておれ」
その声はもはや雷鳴ではなく、山全体を満たす静かな響きとなった。モーセの脳裏に、ナイルの葦の間を逃げ惑うヘブルの子供たちの姿が浮かぶ。紅海の水が壁となった日の塩の風。荒野で降ったマナの甘さ。
「もし、あなたがたが確かにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば…」
言葉の一つ一つが、モーセの存在を構成する要素のように刻み込まれる。これは単なる律法ではない。創造主が被造物に差し伸べる、婚姻の契約にも等しい招きだ。
下山する時、夕暮れが迫っていた。山頂の光は次第に収まり、ただ淡い紫色の影が岩肌に落ちている。モーセの手には二枚の石版が握られ、その重みが全身に染み渡る。
宿営に近づくと、まだラッパの余韻が空気に残っているのに気づく。人々は幕屋の前で跪き、顔を地面に伏せたままだった。アロンがゆっくりと近づき、兄の目には畏れと希望が入り混じっている。
「主は何と仰せられた?」アロンの声はかすれている。
モーセは石版を抱きしめた。山頂で聞いた言葉が再び胸の中で響く。彼は静かに答えた。
「我々は、主の声に応える民となる」




